ジョナサン・ハイト(Jonathan Haidt)
1963年生まれ。社会心理学、道徳心理学、ポジティブ心理学。ニューヨーク大学ビジネススクール教授(倫理学リーダーシップ)。2001年、ポジティブ心理学テンプルトン賞受賞。主な著書=『しあわせ仮説』(藤澤隆史+藤澤玲子訳、新曜社、2011/原著=2006)、『社会はなぜ左と右にわかれるのか──対立を超えるための道徳心理学』(高橋洋訳、紀伊國屋書店、2014/原著=2012)、Co-written with Greg Lukianoff, The Coddling of the American Mind, Penguin Press, 2018. など。
twitter: @JonHaidt
トビアス・ローズ=ストックウェル(Tobias Rose-Stockwell)
ニューヨーク在住のデザイナー、ライター、技術者。テクノロジーが道徳的感情、メディア、市民のコンセンサスに与える影響などを研究。Hachette Book Groupと共同で、これらの問題と、自由民主主義国家の将来にとっての意味をテーマにした本を執筆中。
twitter: @TobiasRose
仮にソーシャルメディアの怒りを増幅する効果が治まったとしても、民主主義の安定性のためには、いまだに問題が残されている。そのひとつは、現在の思想や対立が、古い思想や過去の教訓を駆逐してしまうことだ。アメリカの子どもたちの目や耳には、成長するにつれ、思想、物語、歌、映像など、さまざまな情報が次々に入ってくる。その情報を、新しいもの(1カ月以内につくられたもの)、中くらいのもの(10〜50年前につくられたもので、子どもの両親や祖父母の世代がつくったものが含まれる)、古いもの(100年以上前につくられたもの)の3つの流れとして捉え、数値化することができたとしよう。
18世紀に、これらのカテゴリーのバランスがどのようなものであったにせよ、20世紀には、ラジオやテレビがアメリカの家庭に普及したことによって、新たなバランスにシフトしたのは確かだ。そして、間違いなくこの情報バランスの変化は、21世紀に入ってから、さらに顕著に、そして急速になった。2012年頃、大多数のアメリカ人がソーシャルメディアを日常的に利用するようになると、彼らはお互いにハイパーコネクテッドな状態になり、新しい情報の消費量が激増し、古い情報のシェアは減少した。ここで言う新しい情報とは、猫の動画や有名人のゴシップなどのエンターテインメントだけでなく、政治的な問題や時事問題、現在進行している出来事について、短時間で書かれた記事などである。こうした変化はどのような影響をもたらすのだろうか。
1790年、アングロ・アイルランド人の哲学者、政治家であるエドモンド・バークは、以下のように述べた。「われわれは、個々の人間が、自分だけの思考力による私的ストックに基づいて生活し、取引することを恐れている。なぜなら、一人ひとりのストックは少ないので、個々人は、複数の国や世代に属する一般的な〔訳者挿入:知の〕銀行および資本を利用したほうがよいのではないかと考えているからだ」。ソーシャルメディアのおかげで、私たちは、バークの危惧が正しいかどうかを検証する、世界規模の実験に着手していると言える。ソーシャルメディアは、あらゆる世代の人々の関心を、その時々のスキャンダルやジョーク、紛争に向かわせるが、その影響は、ソーシャルメディアの流れに身を投じる前に、古い考えや情報を得る機会が少なかった若い世代にとって、とりわけ深刻なものかもしれない。
私たちの文化的な祖先は、平均して私たちより賢かったわけではないだろうが、彼らから受け継いだアイデアは、ろ過のプロセスを経ている。私たちが知ることができるのは、何世代にもわたって受け継がれるべきだと考えられてきたアイデアがほとんどだ。それは、それらのアイデアがつねに正しいということを意味しているわけではないが、長い目で見れば、過去1カ月間につくられたほとんどのコンテンツよりも価値あるものである可能性が高いということを意味している。Z世代(1995年以降に生まれた人々)は、これまでに書かれ、デジタル化された全ての情報に、かつてないほどアクセスできるにもかかわらず、ほかのいかなる世代に比べても、自分たちが人類の蓄積された知恵に疎いことに気づくかもしれない。そのため、彼らは、身近なネットワークのなかではもてはやされるが、最終的には見当違いであるアイデアを、より頻繁に受け入れてしまいがちだ。
例えば、いくつかの右派的なソーシャル・メディア・プラットフォームのおかげで、20世紀に最も忌み嫌われたイデオロギーが、意味や所属感に飢えた若者たちを引き寄せ、ナチズムに2度目のチャンスを与えようとしている。反対に、左派の若者たちは、社会主義や、場合によっては共産主義を、20世紀の歴史から乖離しているかのような〔訳注:つまり歴史上複数の社会主義国、共産主義国が失墜したこととはまったく無関係であるかのように見える〕情熱をもって受け入れているようだ。また、世論調査によると、さまざまな政治的立場を超えて、若者は、民主主義そのものへの信頼を失っているとも言われている。
ソーシャルメディアは、数百万人のアメリカ人の生活を、予想外の速さと力でもって変えてしまった。問題は、こうした変化が、マディソンをはじめとする建国者たちが自治制度を設計する際に設定した前提を、覆す可能性があるかどうかである〔訳注:18世紀のマディソンたちは派閥や党派による対立で国が滅茶苦茶になることを恐れ、そうならないように憲法を作成したが、ネットの普及によって21世紀のアメリカが、マディソンが恐れていた事態、つまり右派と左派の激しい対立に陥っている可能性があることが示唆されている〕。18世紀のアメリカ人はおろか、20世紀後半のアメリカ人と比べても、今日の市民はより多くの人とつながっている。つまり、公共の場でのパフォーマンスを高め、道徳的な大言壮語を育むことによって、怒りが伝染するように設計されたプラットフォーム上で、全ての人々の心は、目先の対立や未検証のアイデアに集中させられており、かつては安定化効果を発揮していた伝統、知識、価値観から切り離されてしまっている。このことこそ、多くのアメリカ人が、そしてほかの多くの国の国民が、民主主義を「すべてがおかしくなっていく場所」として経験している原因だと私たちは考えている。
けれども、このような状態でい続ける必要はないのだ。ソーシャルメディアは本質的に悪いものなのではなく、これまで隠されていた弊害を明るみに出したり、これまで力のなかったコミュニティに声〔訳注:発信するための手段の意味〕を与えるなど、良いことをする力を有している。あらゆる新しいコミュニケーション・テクノロジーには、建設的な効果と破壊的な効果があるが、時間の経過とともに、そのバランスを改善する方法が見つかってきた。現在、多くの研究者、議員、慈善団体、テック業界の関係者が、そのような改善策を求めて協力している。私たちとしては、以下の3つの改革を提案したい。
(1)公共の場でのパフォーマンスの頻度と強度を下げる
ソーシャルメディアが、本物のコミュニケーションではなく、道徳的な大言壮語の誘因になっているとしたら、私たちはその誘因を減らす方法を探すべきだ。それはすでにいくつかのプラットフォームによって評価されている「脱指標 demetrication」という方法である。つまり「いいね!」や「シェア」の数を隠して、個々のコンテンツの価値を評価できるようにし、ソーシャルメディアの利用者が継続的な人気投票の対象にならないようにするための方法である〔訳注:2019年から行われているインスタグラムの試みに代表される〕。
(2)認証されていないアカウントのリーチを減らす
誰もが何百もの偽アカウントを作成し、それを使って何百万人もの人々を操ることができる現在のシステムにおいては、荒らしや外国人工作員、国内の挑発者といった、悪質なアクターたちが最も恩恵を受けることになる。もし主要なプラットフォームが、アカウントを開設する前に基本的な本人確認を要求すること、少なくとも大規模な視聴者にリーチできるようなタイプのアカウントに対して認証を要求することができれば、ソーシャルメディアの有害性は大幅に軽減され、民主主義のハッキングも減少するだろう(投稿自体は匿名でもかまわないし、登録については、政府が反対意見を罰する可能性のある国に住むユーザーの個人情報を保護できるかたちで行う必要がある。例えば、認証については、独立した非営利団体と協力して行うこともできるだろう)。
(3)低品質な情報の伝染を抑制する
ソーシャルメディアは、摩擦をなくしてしまうことで、より有害なものになってしまった。そして摩擦を再び加えることで、コンテンツの質が向上することもすでに明らかになってきている。例えば、ユーザーがコメントを投稿した直後に、AIが、過去に有害と判定されたコメントと類似したテキストを識別し、「あなたは本当にこれを投稿しますか?」と尋ねることが可能である。このような一手間は、Instagramユーザーが痛々しいメッセージを考え直すきっかけになる〔訳注:2020年の大統領選時にTwitter社がリツィート制限を行なったことも有名である。同社は検証の後、現在は使用を元に戻している〕。また同様に、レコメンドというアルゴリズムによって広められる情報の質は、専門家グループがそのアルゴリズムに害やバイアスがないかどうかを監査できるようにすることで改善されるだろう。
多くのアメリカ人が、今日の混乱は、現在のホワイトハウスの住人〔訳注:2019年当時大統領であったドナルド・トランプ〕が引き起こしたものであり、彼が去れば物事は正常に戻ると考えているかもしれない。しかし、私たちの分析が正しければ、それはありえない。あまりにも多くの社会生活の基本的なパラメーターが変化してしまったからだ。これらの変化の影響は2014年までに明らかになっていた。そしてこれらの変化自体がドナルド・トランプの当選を促したのである。
もし私たちが民主主義を成功させたいのであれば、いや、民主主義への不満が高まっている今日、もし民主主義という理念を再び尊重してもらいたいのであれば、民主主義の成功にとって敵対しうる状況を作り出す可能性がある、現在のソーシャル・メディア・プラットフォームのさまざまな手段について、理解する必要があるだろう。そして私たちは、ソーシャルメディアを改善するために、断固とした行動を起こさなければならない。
ジョナサン・ハイト講演「ソーシャルメディアは社会的ネットワーク、グループ・ダイナミックス、民主主義、そしてZ世代をどのように変えていくのか」(2020)
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ジョナサン・ハイト(Jonathan Haidt)
1963年生まれ。社会心理学、道徳心理学、ポジティブ心理学。ニューヨーク大学ビジネススクール教授(倫理学リーダーシップ)。2001年、ポジティブ心理学テンプルトン賞受賞。主な著書=『しあわせ仮説』(藤澤隆史+藤澤玲子訳、新曜社、2011/原著=2006)、『社会はなぜ左と右にわかれるのか──対立を超えるための道徳心理学』(高橋洋訳、紀伊國屋書店、2014/原著=2012)、Co-written with Greg Lukianoff, The Coddling of the American Mind, Penguin Press, 2018. など。
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トビアス・ローズ=ストックウェル(Tobias Rose-Stockwell)
ニューヨーク在住のデザイナー、ライター、技術者。テクノロジーが道徳的感情、メディア、市民のコンセンサスに与える影響などを研究。Hachette Book Groupと共同で、これらの問題と、自由民主主義国家の将来にとっての意味をテーマにした本を執筆中。
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