Savage×Fentyはヴィクトリアズ・シークレットに勝ったのか?
アメリカ大手のランジェリーブランド、ヴィクトリアズ・シークレット(Victoria’s Secret)。今年6月に「エンジェル」制度を廃止し、“VS Collective”(VSコレクティヴ)という新たなタイトルの下に外見を基準とせずにモデルを採用することを決定した。
#ヴィクトリアズ・シークレット #Savage×Fenty #リアーナ
culture
2021/07/05
執筆者 |
西田海聖+眞鍋ヨセフ

西田海聖(にしだ・かいせい)

いつか韓国とアメリカとスウェーデンに住みたい日本語しか喋れない韓国系日本人。


眞鍋ヨセフ(まなべ・よせふ)

22歳。K-dotを敬愛する優しきHIP-HOPオタク。映画もアートも読書も好き。自称優柔不断。

ヴィクシー・エンジェルからVSCollectiveへ

アメリカ大手のランジェリーブランド、ヴィクトリアズ・シークレット(Victoria’s Secret)。長年にわたって「ヴィクシー・エンジェル」と称されるスリムなモデルを採用し続け、スーパーモデルの代名詞的な存在となっていたが、今年6月に「エンジェル」制度を廃止し、“VS Collective”(VSコレクティヴ)という新たなタイトルの下に外見を基準とせずにモデルを採用することを決定した。これは、男性目線でのセクシーさを強調し、しばしば性差別的であると批判されてきた路線からの大きな転換だった★1。“VS Collective”では、多様な人種、体型のモデル、アスリート、トランスジェンダーモデルが新たなモデルとして採用されている

2019年には伝統のランウェイショーをキャンセルし、マーケティングの改革を進めてきたヴィクトリアズ・シークレットであるが、その背景には醜悪なスキャンダルがあったことを忘れてはいけないだろう★2。昨年2020年には、親会社であるL.BRNDS社のトップ経営者であり、チーフ・マーケティング・オフィサー、ショーのキャスティングディレクターも務めるエド・ラゼックによる何十年にもわたるセクシャル・ハラスメント、ミソジニー体質が告発されている。また創業者兼CEOであるレスリー・ウェクスナーが、長年に渡ってラゼックの所業を見過ごしていたこと、業家、投資家であり、児童買春で有罪となったジェフリー・エプスタインと親交があったことも批判に晒されている。

RihannaとSavage×Fentyの多様性

2019年にランウェイショーをキャンセルし、ブランドとしても下降傾向にあるビクトリアズ・シークレットとは対照的に、近年シェアを伸ばしているランジェリーブランドがある。歌手、女優として活躍するリアーナ★3が立ち上げたSavage×Fenty(サヴェージ×フェンティ)だ。

Savage×Fentyは、従来の下着ブランドのイメージを覆すアプローチを行っている。幅広いサイズ展開が当初からのコンセプトであり、起用されているモデルもプラスサイズ、妊婦、肌の色、人種も多様である★4。リアーナは、前述のエド・ラゼックが多様性を否定する発言を行った際に、批判的な姿勢をとったことでも知られている★5。Savage×Fentyのランウェイショーも、ロングヘアーでスーパースリムな「エンジェル」が闊歩するかつてのヴィクトリアズ・シークレットのショーとはまったく異なる、さまざまな体型、さまざまなジェンダーのモデルやセレブリティがセクシーかつワイルドに入り乱れる内容になっている。

また、リアーナはアーティストとして活躍する傍ら、自身のコスメブランドFenty Beautyのリリースの際、さまざまな肌の色に当てはまる40色のファンデーションを発売している★6。カリブ海のバルバドスからの移民であり、黒い肌を持つリアーナは、多様なラインナップの必要性を、狭い意味でのファッションとしてではなく、当然必要なものとして捉えているように思われる。

 

性や体型、人種について、多様性(ダイバーシティ)やインクルージョンが近年では推進されスタンダードとなりつつある。そのなかにあっても、Savage×Fentyは、ポリティカル・コレクトネスとしてだけではなく、自分自身の美しさを最大限に表現する結果としてのダイバーシティ、いわば積極的な多様性を体現する無二のブランドになっている。

積極的な意味での「多様性」

ここまでかつての「ヴィクシー・エンジェル」に代表されるヴィクトリア・シークレットと対照化するかたちで、Savage×Fentyを紹介した。しかし、ここで改めて確認したいのは、かつてのヴィクトリア・シークレットが実現した世界も、ショーとして、非常に完成度の高いものだったということ、その一点においては賞賛に値するものだったということである。

 

かつてのヴィクトリアズ・シークレットの問題とは、美の定義があまりにも狭かった点にあると言えるのではないだろうか。例えば、世界中を席巻するK-POPのパフォーマンスのレベルの高さも、過酷すぎる競争に対して批判こそあれ、やはり個々のアーティストやアイドルの研ぎ澄まされた成果であることは間違いがない。それは芸術やスポーツにも言えることだろう。個人の心身の健康を破滅させるようなシステム、あまりにも狭い画一的な価値基準には徹底して抵抗しなければならない。しかし同時に競争のなかでしか実現しない努力や洗練があることを認めることは、美やパフォーマンスの完全性を目指す領域において、重要なことだと思われる。

かつてヴィクシー・エンジェルで、Savage×Fentyのショーに参加しているモデルにベラ・ハディッドがいる★7。彼女は2019年のSavage×Fentyのショーに参加した際に以下のように述べている

「リアーナは素晴らしい人です。私はフェンティのショーに出演した時に、初めて本当の意味でのセクシーさを感じました。ほかのランジェリーブランドのショーにも出演してきましたが、ランウェイで下着姿の自分をパワフルだと感じたことは、一度もなかったんです。」

ベラは太っているわけでも、LGBTQでもなく、典型的にスリムなスーパーモデルである。Savage×Fentyはさまざまなサイズのモデルを起用するが、ベラのようなモデルを排除するわけではない。むしろいわゆるモデル体型の彼女が、よりセクシーでパワフルに自分を表現できるようになる、そのようなプラットフォームになったのがSavage×Fentyなのだ。Savage×Fentyの多様性の前提にあるのは、あくまでもその人が自分自身で自らの価値を認め、自らが目指す価値を選択することにあるように見える。「ヴィクシー・エンジェル」の時には、鬱状態に陥り、ショーの合間に泣いていたというベラがフェンティのショーで感じたパワーは、リアーナが大事にする自分への自信、「自分の美を自分のものにするべき」という姿勢から生じたものだろう。

ある意味では「ヴィクシー・エンジェル」さえ包摂し、多様な世界とは何かを見せるSavage×Fentyは見事だ。かたちだけ従来の価値基準と違うものを入れて多様性を演出することは安易かもしれないが、無意味である。多様性とは、各人が自分の美を自分のものにする結果、生まれてくるものなのではないか。私たちが皆、自分の美を自分のものにする時、与えられた画一的な美を超え、与えられた名前だけの多様性を超え、真に多様な社会を生きることになるだろう。

culture
2021/07/05
執筆者 |
西田海聖+眞鍋ヨセフ

西田海聖(にしだ・かいせい)

いつか韓国とアメリカとスウェーデンに住みたい日本語しか喋れない韓国系日本人。


眞鍋ヨセフ(まなべ・よせふ)

22歳。K-dotを敬愛する優しきHIP-HOPオタク。映画もアートも読書も好き。自称優柔不断。

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