ARMYを纏う──オッパ部隊、パスニ、K-POPファンダムを経て
ファンは自身が好きな対象を応援するという点で共通している。同じような「好きのセンサー」をもった人々が集まることで「ファンダム(fandom)」は形成されているといえるだろう。
“応援する自分自身”をも投影できるアイドルとの関係性。
culture
2021/07/09
執筆者 |
林玲穂
(はやし・あきほ)

1993年生まれ。神戸大学人文学研究科博士後期課程に在籍中。専門は観光を美的行為として捉える観光美学。最近は得意な韓国語を活かして韓国メディアコンテンツも研究中。BTSオルペン。共著書=『他者をめぐる人文学──グローバル世界における翻訳・媒介・伝達』(神戸大学出版、2021)など。

ファンは自身が好きな対象を応援するという点で共通している。同じような「好きのセンサー」をもった人々が集まることで「ファンダム(fandom)★1」は形成されているといえるだろう。ここから「誰々のファンだ」と言うことは、自分の趣味を公表する、いわば自分らしさの表現方法となりうる。ファンになることは、お気に入りの服を着ることと似ているのかもしれない。

 

では、ARMY(=BTSのファンダム)★2であることは、何を纏うことになるのだろうか?

 

ARMYの存在はBTSの成功要因としてたびたび言及されている。BTSはtwitterをはじめとしたSNSを通じて積極的にファンたちと交流を行い、そんな彼らをARMYたちが一丸となって支持したことが評価されているようだ★3。今回は、ファンダムの歴史を紐解いていくことで改めてARMYの特別さについえ考えてみたい。

YouTube/BTS (방탄소년단) LOGO ANIMATION/SCREEN SHOT

ところで、ARMYのようなK-POPファンを総称して「ファンダム」というが、K-POPファンがはじめから「ファンダム」だったわけではなかった。90年代のファンダムは、「オッパ部隊(오빠부대)」と呼ばれていたのだ。韓国語の「オッパ(오빠)=お兄ちゃん」は、女性が自分よりも年上の男性に対し親しみを込めて呼ぶ際に使われる呼称である。

 

「オッパ部隊」は、「H.O.T」(1996年デビュー)や「SHINHWA」(1998年デビュー)などK-POPアイドルの第1世代を追いかけていた熱狂的な妹集団であった。

「H.O.T」

「SHINHWA」

オッパ部隊を構成していた少女たちが母親世代に移る頃、オッパ部隊は「パスニ(빠순이)」と呼ばれ始める。「빠」=「何かを熱狂的に擁護する集団」★4に「~ちゃん、~君」のようなニュアンスを持つ「~ニ」を付けた造語だ。

当時、パスニたちの活動は、学業に励むべき「10代の若者たちがする子どもじみた行為と認識されていた」★5のであり、盲目的に男性アイドルを追いかける女の子たちというイメージを持たれていた。現在もアイドルに執着する女性ファンを指し、どこか彼女たちを蔑視するニュアンスが含まれている。

 

ところが、2000年代後半になるにつれ、日本をはじめとした東アジア各地でK-POPアイドル(東方神起、SUPER JUNIORなどが挙げられる)の人気が高まったことにより「アイドルを追いかけること」に対する意識が韓国国内において変化し始める。

「東方神起」(東方神起-願_ by tina8842_mia is licensed under CC BY-ND 2.0)

「SUPER JUNIOR」(File-KCON 2015 Super Junior 2.jpg_ by mduangdara is licensed under CC BY-SA 2.0)

K-POPアイドルは、ただ女の子たちが熱狂する存在から、海外へ韓国の音楽文化を発信する存在へと移行したのだ。アイドルたちに対する社会的認識が変わり始めたのと同時に、アイドルファンの呼称も「スポーツ・映画(のファン)など、もう少し一般的な大衆文化のファン層を指す、外来語の“ファンダム(fandom)”に代替され始めた」★6のである。

ファンダムは、アイドルの活動に積極的に関与していくという点で特異である。その強い影響力から、アイドルが所属する各エンターテイメント会社では「ファンダムチーム長(팬덤 팀장)」という役職まで存在するそうだ。ファンダムチーム長は、ファンにアイドルの日程を公開したり、各メンバー個人の活動(例えば、どんな商品のコマーシャルに出演すべきか、など)をはじめ、どのようなドラマや映画作品を選択すべきかを相談するという★7。

ファンダムは、アイドルのイメージづくりに参加することで、自らが求める理想像、つまり「完璧なアイドル」を求めてきたといえる。過酷な練習量や理想的な外見の追求は、K-POPアイドルとして当然求められるべきものとなっており、こうしたプロデューサーとしてのファンダム文化のベースにオッパ部隊、パスニの存在があったことは否めない。

ところが、ARMYは、従来の「隙のない完璧なアイドル」を求めていたファンダムとは少し異なっているようだ。なぜなら、BTSはK-POPアイドルらしく歌やダンスに磨きをかける一方で、それまでとは異なったアイドル像を共有してきたからである。

BTSはデビュー前からYouTubeに動画をアップロードしており、リーダーRMは次のように日誌(일지)を綴っている(2013年1月)。

「俺は、会社に自分の音楽やラップ(の実力を)半分もみせていないと思っている。俺は俺を信じている。だから、パンPD(Big Hit代表のパン・シヒョク氏)が仰った「最近、マネージャーの兄さんたちやもっと若い練習生に比べて、(RMは)できていない」という言葉には全面的に同意できない。でも自惚れるつもりもない。」★8

末っ子のジョングク(当時15歳)も2013年2月にカメラに向かって記録を残している。

 

「今日、とうとう僕は(中学校を)卒業した。気分がすごく良くなると思っていたのに、いざ卒業をしてみると、気分がそんなに良くはない……そんな感じだ。そして今、時間は23時39分で、ダンスレッスンを終えたけど、もうすぐお正月なので、早く実家に帰りたい。母さんに会いたい。父さんにも会いたい。」★9

(韓国の旧正月は2月)

当初から、彼らはYouTubeを通して、不安を吐露する姿、練習する姿を積極的に共有していた。RMの日誌にあるように、会社やプロデューサーに対して意見を言う姿は、それまでのアイドルたち(しかもデビュー前である!)とは違った印象を与えたことだろう。また、中学校を卒業したばかりの15歳のジョングクが思わず家族について言及する様子は、ごく普通の両親が恋しい10代の姿そのものだ。

 

それまでベールに包まれていたK-POPアイドル練習生が、等身大の姿で人々の前に現れたのである。まさに、ARMYの「結束力」は、カメラの前で赤裸々に思いを語る彼らを応援し、成功を共に喜び合うことから作り上げられたものだと考えられる。

YouTube/[SPECIAL CLIP] BTS (방탄소년단) ‘소우주 (Mikrokosmos)’ @ SY IN SEOUL/SCREEN SHOT

「オッパ部隊」や「パスニ」はアイドルを追いかける10代の女の子たちを指していた。しかしながら、現在の「ファンダム」は多様な年齢、性別、人種、国籍で構成されており、誰にとっても自分を表現するための方法となれるよう、つねに開かれた状態に変化している。

 

そうしたファンダムの変化のなかで、ARMYは、単に自らの理想像を投影する対象としてBTSを応援するというよりも、彼らの作詞した歌詞に共感し、彼らの提示する問題★10について、ともに考えていくことを目指しているようにみえる。

つまり、どこか遠い存在としてのアイドルではなく、“応援する自分自身”をも投影できるようなアイドル(BTS)とファンダム(ARMY)の関係性を築けたことがARMYの特別さなのではないだろうか。

 

ARMYが纏うのは、現状に満足せず、努力を続ける7人の姿そのものなのかもしれない。

★1── ファンダムは「ファン(fan)」の語尾に「…界」「…連中」を指す「ダム(dom)」(『リーダーズ英和辞典 第3版』(研究社、2012))が付いたもので、「ファンの世界」或いは「ファンの集団」という意味を持っている。現在ではすっかりK-POPファン=ファンダムと認識されるようになった。

★2──軍隊を意味するほか、「AdorableRepresentative MC for Youth 청춘을 위한 사랑스러운 대표자(若者のための愛らしい代表者)」という意味が込められている。

★3──한준・손열 엮음『BTS의 글로벌 매력 이야기』(2020)동아시아연구원(ハン・ジュン、ソン・ヨル編『BTSのグローバル魅力話』(東アジア研究所、2020)韓国語)

★4──나무위키「빠」https://namu.wiki/w/%EB%B9%A0(最終閲覧日2021年7月4日)拙訳

★5──이규탁「팬덤의확장과 진화:케이팝 팬덤의 사회적 참여」, 웹진문화관광, 2021.05.(イ・ギュタク「ファンダムの拡大と進化──ケイポップ ファンダムの社会的参与」、ウェブマガジン文化観光、2021年5月号)(http://www.kcti.re.kr/webzine2/webzineView.action?issue_count=120&menu_seq=3&board_seq=2)拙訳

★6──同上

★7── 연승『BTS는 어떻게21세기의 비틀스가되었나』(2021)북레시피, p.83.(ヨン・スン『BTSはいかに21世紀のビートルズとなったのか』(ブックレシピ、2021)、p.83. )拙訳

★8──拙訳、( )内は筆者による補足。

★9──拙訳、( )内は筆者による補足。

★10── 詳しくは前回の記事「BTSはK-POPなのか?――BTSが「本物」と言われる理由」を参照。

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2021/07/09
執筆者 |
林玲穂
(はやし・あきほ)

1993年生まれ。神戸大学人文学研究科博士後期課程に在籍中。専門は観光を美的行為として捉える観光美学。最近は得意な韓国語を活かして韓国メディアコンテンツも研究中。BTSオルペン。共著書=『他者をめぐる人文学──グローバル世界における翻訳・媒介・伝達』(神戸大学出版、2021)など。

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