「エコ不安」と気候変動──ビリー・アイリッシュ「All the Good Girls Go to Hell」を相変わらず聴きながら
暑い。災害も多発している。アメリカや欧州では熱波や洪水によって死者が出て、異常な暑さに関するニュースや解説が日々報じられている。日本も他人事ではなく、7月3日に起きた熱海の土砂災害も気候変動による豪雨に由来しているだろうし、先週からの暑さが土砂に埋もれたの方々の捜査を困難にしている状況があるという。
Z世代の多くが気候変動による精神状態の悪化を自覚している。
politics
2021/07/19
執筆者 |
elabo編集部

さしあたり私たちが生きている間、異常に暑い日は増え続ける

 

暑い。災害も多発している。アメリカや欧州では熱波や洪水によって死者が出て、異常な暑さに関するニュースや解説が日々報じられている。日本も他人事ではなく、7月3日に起きた熱海の土砂災害も気候変動による豪雨に由来しているだろうし、先週からの暑さが土砂に埋もれたの方々の捜査を困難にしている状況があるという。あなたは、この異様な「暑さ」がどうなっていくのかを知りたくないだろうか。どんどん暑くなるの? 何をすれば状況は改善するの? 筆者はそうしたことが知りたかった。しかし、検索すればするほど、なぜか日本語で発信されている情報のなかには、この異常気象の動向を科学的に解説したニュースが少ないことに気付かされる★1。

広島土砂災害、2014年8月20日(メルビル、CC BY-SA 4.0)

「MIT technology review(US版)」の記事「猛暑襲来、人間の耐えられる暑さの限度とは?(How HotIs too Hot for the Human Body)」では以下のように報告されている。ハワイ大学のモラ准教授は、2017年の論文で、当時はまだ少なかった暑さによって人が死に至るケースを34年分解析したそうだ。2017年当時、世界人口の約30%が、年間20日以上、致死的な閾値を超える気候条件にさらされていた。モラ准教授らの試算によると、2100年までにこの割合は、温室効果ガスの排出量を大幅に削減するシナリオでは約48%、排出量が増加するシナリオでは約74%まで増加すると予測される。要するに、今から大幅に温室効果ガスを減らしても、私たちが生きている限り、暑さによって人命が脅かされるリスクの増大は避けられない。しかし、温室効果ガスが大幅に削減されなければ、その脅威はさらに深刻になるということだ。すでに人間の生理的な機能では対応しきれないような温度上昇が生じていることを私たちは冷静に、しかしリアルに受けとめる必要がある。

Photo by MattPalmer (Unsplash)

気候変動は社会正義の問題である──Z世代環境活動家の理解

 

このようにすでに生命を奪うほどの脅威になっている気候変動への関心は、マスメディアでもしばしば報じられるように、現在10代、20代のZ世代において非常に強いと言われている。14歳から24歳を対象とした「Blue Shield of California NextGen Climate Survey」によると、アメリカの若者の10人中8人以上が、地球の健全性に関心があると答えている。また、どの問題に最も関心があるかという質問に対しては、「環境と気候変動」が47%と、「人種差別と社会正義」の62%に次いで2番目に高い割合を示した。アメリカの若い気候変動活動家の多くは、この気候変動と社会正義という2つの問題が深く関係していることを熟知している。要するに、気候変動においても、その被害を一番多く被るのは貧困層だということだ。熱波による被害を直に受けるのは、空調が整備されていない環境で暮らす人々である。また、気候変動によって産業が変化する際に、失業などの被害を被るのも社会的に弱い立場にいる人々になる。カルフォルニアベースの気候正義のための団体「Youth vs Apocalypse」コーディネーターを務めている黒人のアニヤ・バトラー(15歳)は、気候変動が黒人コミュニティに不均衡に影響することを知っているからこそ、自分自身が黒人であることが活動のモチベーションになっていると言う。また、22歳の気候変動活動家のジャスティン・バレンズエラも「環境に関わる社会の不平等を解決したい」と語っている。

「Friday for Future Japan」など日本のZ世代が主導する環境活動団体も、こうした欧米の活動家たちのビジョン、つまり「気候変動は社会正義の問題」という理解を共有している。被害を受ける「弱者」にあたるのが、とりわけ日本では、数的に少数である若者や子どもだという事実は、非常に深刻なことだ。実際、保育園や幼稚園、小学校では暑さのためにプールが開講できない日がここ数年増えている。教育機会という意味でも不利益が生じてきているのである。このことを周知することは、日本の若者に気候変動を当事者として引き受けてもらうために効果的ではないかという期待も生じるが、しかし、例えば2020年の日本総研の調査を見る限り、気候変動を社会正義の問題として捉えようという呼びかけが日本の若者にアピールするのかどうかについて、少々心許ない気持ちになる。

 

データを見ると、まず、社会問題に関心があると答える若者は約半数、将来そのような課題解決に取り組みたいという若者は約6割と比較的高い数値が並ぶ。しかし、その社会問題のなかでも最も関心のあるトピックである環境問題に関心を持つ人のパーセンテージは26〜27%に過ぎず、格差や貧困については一層低く10%程度しかない。この個々の具体的な問題に対する関心の低さの理由を知るためには、日本の若者が世界の若者と比較してどうこうというよりも、彼らがどのような情報に触れているか等、情報環境・社会環境についての分析が必要だろう。例えば、同じ日本総研の調査で、環境運動家グレタ・トゥンベリに対して、「賛同する」が36.1%であるのに対し、「賛同できない」が23.4%もいるという結果には、家族などの周囲の大人の意見に影響されている日本の若者の姿が透かし見える気がする。

グレタ・トゥンベリ(Anders Hellberg, CC BY-SA 4.0)


「エコ不安(Eco-anxiety)」に向き合う

 

グレタ・トゥンベリのイメージが強いためか、私たちは環境活動というと欧州に注意を向けがちだ。しかし、気候変動による災害が、最も深刻なのは中南米や南アジア地域である。気候変動は、先進国と発展途上国、北半球と南半球が手を組むことができる、文字通り国境を超えた共通の課題である。だからこそ、世界中の若者は、この課題に対して積極的に連帯を表明しているのだ。気候変動に関する自分の不安は、世界各地に同じ時代を生きている同世代の誰かの不安でもあり、そこには共感に基づく連帯が生じているのである。しかも、日本国外では、その共感に基づく連帯は、Z世代によって主導されている。Pew Research Centerによる調査でも明らかなように、気候変動を恐れ、関心を持ち、同時にこの状況を変えられると考えている割合が一番高いのはZ世代なのである。

Photo by Callum Shaw (Unsplash)

気候変動がもたらす不安は「エコ不安(Eco-anxiety)」と呼ばれるそうだ。「エコ不安」は、気候変動がもたらす未来への不安、また「自分にはどうしようもできない」という無力感を意味し、現在アメリカ合衆国では精神医療やセラピーの分野で、この臨床例が増加していると言われている。Z世代にもこの「エコ不安」を感じる人が多いそうだが、気候変動が自分の精神状態を悪くしていることを自覚している人が多いのは大変に心強いと、専門家のコーエン医師は述べている

 

7月16日に新曲「NDA」をリリースしたビリー・アイリッシュは、Z世代が対峙せざるをえないさまざまな不安を、繊細な楽曲に結晶化することができる稀有なアーティストのひとりだが、2019年に発表された「All the Good Girls Go to Hell」のテーマは、絶望的なまでの「エコ不安」だったと言えるだろう。この曲のミュージックビデオで、ビリーは堕天使ルシファーに扮し、周囲が炎で燃えさかるなか、石油の入った穴に降りていく。彼女の出身地であるカリフォルニア州が気候変動による山火事によって燃えていることと、海面が上昇していることの両現象が、歌詞と映像によって表現されていた。この曲のなかで神は「注意しなかったなんて言わないでよ、今度は私が無視する番(My turn to ignore ya. Don’t say I didn’t warn ya.)」と放言し、天国はもはや水没しかけている。ビリーはそんなアポカリプティック(黙示録的)な惨状を歌いながらも、無気力に陥るのではなく、この曲のリリースと同時に、インスタグラムを通じ、同年に開催された気候変動サミットに対して、未来のための決断をするように促した

SDGsという言葉は流行しているのに、日本のZ世代は、気候変動という世界共通の課題を、他国のZ世代に比してあまり重要視していないように見える。これは、意識調査の数値や環境運動団体のフォロワー数が示すのと同時に、私たちの編集部でも多くのメンバーが認めた傾向であり、その理由については、改めて深く分析する必要がありそうだ。しかし、「気候変動は社会正義の問題だ」と周囲のZ世代を説得するよりも前に、まずは「暑さ」に対峙し、自然に沸き起こる「不安」に向かい合うことを勧めてみたい気がする。明日もまた私たちにまとわりつくような「暑さ」は厳然と存在しているのだから。このままどんどん暑くなり続けたらどうなるの? 自分が家族を持った時に、子どもたちははたしてこの地球で生きていけるの? こうした問いのなかで感じられる不安(anxiety)はビリー・アイリッシュが歌う不安であり、紛れもなく世界各地の同世代が抱いている不安でもある。つまりその不安はあなたを孤独にはせず、むしろ仲間との連帯へと導く。旧態依然とした日本国内で高齢者に何かを変えさせる以上に、世界の同世代の仲間と連帯することで実現できることは大きいはずだ。連帯への入り口とは、何よりも自分自身の不安に、素直に向かい合うことなのかもしれない。

★1──数少ない例外として、毎日新聞には、紹介された国立環境研究所の塩竈(しおがま)秀夫・地球システムリスク解析研究室長の研究が紹介されていた。「温暖化対策の国際枠組み『パリ協定』が掲げる世界の気温上昇を2度未満、できれば1.5度に抑えるという目標実現が世代間、地域間の不公平の改善に役立つことが示された。将来より深刻な影響をもたらす温暖化を子や孫に大きく関係する問題ととらえてほしい」という談話は、新聞を読む高齢者に向けられているものだと考えられる。

★2──日本語版(全文は有料)は以下。https://www.technologyreview.jp/s/250387/how-hot-is-too-hot-for-the-human-body/

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2021/07/19
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写真 | crommelincklars, CC BY 2.0
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