BTSとイギリスのロックバンドColdplayのコラボレーションが噂されている。つい最近、エド・シーランによる楽曲「Permission to Dance」で再度ビルボードチャートNo.1を取ったBTSの次の展開を楽しみにしているファンにとって、この噂はある意味「聴いてみたい、観てみたい」という願望そのものだと言えるだろう。BTSは今年の2月に「MTV Unplugged Presents」でColdplayの「Fix You」をカバーし、Coldplayからtweetを通じ「아름다운 BTS(美しいBTS)」と賛辞を贈られた。
ColdplayはこれまでもBTSメンバーが作ったプレイリストにも登場していたし、反対に、5月27日にはColdplay側がBTSの「Butter」を推薦するというように、互いに敬意を伝え合ってきた。
BTSとColdplay 。両者には本質的なレベルでの共通点がたくさんあるように見える。パンクロックやヒップホップなどの反骨精神を土台としたフィランソロピー(=人類愛)、アクティビストとしての姿勢、そしてその思想を(おそらくある程度意図的に)アンビエントで透明感のあるサウンドで表現していくという方法。Coldplayのボーカル、クリス・マーティンのBTS評は表層的はものではない。だからこそ、ファンたちは両者のコラボレーションに対して、単なる有名アーティストとコラボすること以上の期待を寄せるのだろう。以下は、6月20日に公開された「MostRequested Live」でのクリスのインタビューである。
「私はこのバンドが大好きです……なぜなら、まず第1に、彼らが人間として何を主張しているかが好きだし、第2に、世界最大のアーティストが韓国語でたくさん歌っていることがとても嬉しいのです。(Ilove that band...because first of all I love what they stand for as people andsecond, it just makes me so happy that the biggest act in the world is singinga lot in Korean.)」
この後、クリスは、BTSが韓国語で歌っていることは、人々が「異なっていること」を受け入れていること意味し、自分にとってそれは、世界の文化が正しい方向に向かっていることのシグナルなんだと笑顔で語っている。世界中のBTSファンに多大なる貢献をしている英語twitterアカウントBORAは、このインタビューを引用しながら、もしColdplayとのコラボが実現するならば、BTSは韓国語で歌うだろうと予測している。
アジアのバンドとして次々と新記録を打ち立てているBTSは、言語という観点から見ても、さまざまな革新的な挑戦を行ってきた。このテーマに関しては、少なくとも3つのポイントを挙げることができるだろう。1点目は、上に見たように、彼らが母語の韓国語で歌い続けながら、世界中で愛されるバンドになった点にある。2点目は、BTSのみならずK-POP全般に言えることのようだが、ファンとのコミュニケーション、あるいはファン同士のコミュニケーション言語も主に韓国語であるために、従来の英語を中心とした同質化(homogenization)・アメリカ化(Americanization)とは異なる形のグローバリゼーションを実現しているということだ。他言語を学ぶ必要がほとんどない英語圏のK-POPファンにとっては、自分が魅力を感じ、理解したい曲の歌詞がまったくわからないという事態は、それまでにはない他者経験だったことだろう。実際、オランダのBTSファンは、彼ら欧米のファンがARMY(=BTSファン)の翻訳サイトやアカウントによって助けられていること、そして、BTSメンバーやファンが用いるいくつかの定型のハングルを覚えることで、韓国語が理解できなくても必要十分なコミュニケーションをとれていることを心から楽しんでいると報告している★1。
このような状況は、西洋人によるエキゾチシズムやオリエンタリズムと取れなくもないけれど、やはりどこか違って見えるのも事実だ。少なくともBTSの場合、彼らが、一方的に西洋人に見出され愛玩されているようには見えない。BTSをプロジェクトとして仕掛けているプロデューサー陣、そしてBTSのメンバーたちに主体的な狙いや目的があるからこそ、彼らはけっして西洋社会に従属する消費財には見えない。Coldplayのクリスが希望を感じているのは、このようにBTSが西洋社会を脱中心化することによって、実現されつつある新しい世界の空気を醸し出している点にあるのだと筆者は思う。
第3に挙げられる、BTSの言語における革新性も、欧米カルチャーの脱中心化と関係している。それは彼らが臆さず表現する訛り(アクセント)である。筆者は、コロナ禍でNPR Tiny Desk Concertを見て、BTSに魅了されてしまった新参者のファンなのだが、演奏の素晴らしさと同時に心打たれたのは、彼らがアクセント丸出しの英語を堂々と話していたからだった。リーダーのRMは非常に英語が堪能だが、やはり彼の英語にもアクセントはある。また英語が得意ではないメンバーが、話せる部分は英語で話し、残りは韓国語で話すという姿勢、そのように複数言語を混ぜて話すことに、一切ぎこちなさや後ろめたさがないところにも感心した。訛りや間違いを過剰に恥ずかしがって英語をなかなか話そうとしない多くの日本人とまったく違う、伝えることを主眼に置いた気負わない態度に、アジア人のロールモデルを見る思いがしたのである。ソウルではなく地方出身の彼らが韓国語でも訛っているのは有名な話であるが、BTSのメンバーは、コミュニケーションの手段としての言語に関して、規範に過剰に囚われない点で一貫しているように見える。
カナダ人のTVパーソナリティであり、セレブのゴシップを専門とするライター、エレーヌ・ルイ(以下彼女の通称をとってレイニーと呼ぶ★2)は、BTSの訛り(アクセント)を巡って、単なるゴシップ記事として片付けられないような深みのある考察を行っている。レイニーは、両親が香港から移住した中国系のカナダ人なのだそうだ。そのレイニーは、BTSがビルボードで初めて1位を取ったオールイングリッシュの「ダイナマイト」を以下のように分析している。彼女によれば、この曲でBTSが成し遂げた快挙は、単に英語圏のリスナーに合わせて英語で歌ったことによって、ビルボードの1位を獲得したことにあるではない。そうではなく、コロナ禍でアジア人へのヘイトが高まる最中に、東アジア人のアクセントをもった英語でNo.1になったことこそ快挙なのだと言う。模範的なクィーンズ・イングリッシュを話す人、典型的なアメリカン・イングリッシュを話す人よりも、母語ではない人が話す英語のほうが数としては圧倒的に多いはずなのに、映画や音楽において、訛りのない英語は巧妙に排除されているとレイニーは主張する。実際に話されている英語とは違う、お手本としての英語だけが、業界で生産される商品のなかで許容されているということだ。BTSはそのような業界の常識と異なることをやり遂げたのである。
このレイニーの指摘に説得力を持たせるためにはもう少しエビデンスが必要だとは思うが、たしかにどんなにアクセントがきついアーティストも、歌においては余り訛っていないということは、それ自体考えるに値する面白い問題である。BTSに関しても、ネイティブではない筆者には、歌っている時には、ほとんどアクセントがないように聴こえる。アフリカ系のネイティヴの友人もそう言っていたが、東アジアからの移民を両親に持つレイニーは、彼らが堂々と歌う英語に両親と似たアクセントを聞き取る。そしてこのBTSが歌うノンネイティヴの英語が、多くの移民や移民を家族に持つ人たちを力強く励ましたのだと述べる。加えて、冒頭のサビの後に、ジョングクがひとりで歌う印象的な歌詞についての彼女の考察は、あくまでも解釈の粋は出ないとは言え、とても興味深い。
歌詞は以下のようになっている。
Shoes on, get up inthe morn'
Cup of milk,let's rock and roll
King Kong, kick the drum
Rolling on like a Rolling Stone
Sing song when I'm walking home
Jump up to the top, LeBron
Ding-dong, call me on my phone
Ice tea and a game of ping pong?
朝目覚めて、靴をはいて
ミルクを飲んで、ロックンロールしよう
キングコング、キック・ザ・ドラム
ローリング・ストーンのように転がろう
歩いて帰るときは歌おう
レブロン、トップを目指せ
リンリン、携帯に電話して
アイスティーとピンポンのゲーム?
グクがソロで歌うこの部分を、レイニーは曲の歌詞としては「ぎこちないし、ださい(clunkyand corny)」と一刀両断している。たしかに、ほかのメッセージ性の強いBTSの歌と比べても、「ダイナマイト」のリリックスは詩的とは言い難いし、深い意味があるようには聴こえない。レイニーは、しかし、この一見無意味に見える“King Kong”、“Sing song”、“Ding-don”、“ping pong”といった“−ong”の連呼に注目するように促す。そしてアジア系の北米人がこの“−ong”の連呼を聞く時、そこで想起されるのは、アジア人に対する人種的中傷(slur)の「Ching-Chong」だと指摘する。19世紀にまで遡ると言われるこの中傷語は、アジア人同士が話している時の音声やピッチを白人アメリカ人たちが馬鹿にして表現した言葉である。少し前にはラッパーのリル・パンプがこの言葉を曲のなかで使ったことでバッシングされ、最近ではビリー・アイリッシュが13、4歳の頃にアジア人に対する中傷語を使ったこと暴露され、謝罪したばかりだ。また一般人の証言でも、相変わらずこの「Ching-Chong」は、コロナ禍での人種的中傷語としてアジア人に投げかけられているようである。
人種的中傷を巡る話は考えるだけでも心が痛むものだが、この状況をふまえ、2020年のコロナ禍でグクが “−ong”の響きを繰り返すフレーズを歌ったことについてレイニーは以下のように解釈するのだ。
「彼ら〔=BTS〕は自分のアクセントを誇りに思い、自分のアクセントを祝福し、"Ching chong-ed "されたかもしれない他の人々に対して、彼らの英語の話し方を祝福し、たとえそれが“正しい”英語でなくても、彼らと一緒に英語で歌うように語っている。そして、彼らは最大のプラットフォームで、英語で歌い、英語で話す時に、彼らのように聞こえることには何の問題もないということを規範化(normalize)しているのだ。」
BTSサイドが解説していない以上、この解釈はあくまでも推測の域は出ないとは言え、北米在住でアジア系のレイニーが、現にこのように「ダイナマイト」の歌詞を聴いたという事実には、切実なリアリティがあると思う。そして、もし「ダイナマイト」の歌詞に上述のような含意があるとしたら、それは黒人のラッパーたちが蔑称であったNワードを再び自らのものにするために、互いに親愛を込めて「nigga」と呼び合うのと同様の実践、つまり差別を転覆させる積極的な実践だったことになり、あのキャッチーなポップソングが捉えようとしていた射程の広さに改めて驚かされる。
BTSと言語という問題に関しては、彼らが日本向けには、全て日本語の曲やアルバムをリリースしているという、日本人としては無視できない問題がもうひとつあり、このテーマは回を改めて整理してみたいと思う。発達心理学の観点からの「差別」の研究によると、人は、言語、特に発音やアクセントに対して、目に見える肌の色以上に敏感だと言われている。聴き慣れない音の響きを避けるのではなく、魅了されることで見えてくる方向。BTSとColdplayのコラボレーションが実現するとしたら、世界のカルチャーをそのように「正しい方向」に導くものであることは間違いなさそうだ。
注
★1──Luna-Anastasia Riedel, "K-Pop as a linguistic phenomenon," Diggit Magazine, 2020, (https://www.diggitmagazine.com/articles/k-pop-linguistic-phenomenon)
★2──レイニーは、かつてセレブのボディシェイミングをしていたことが2020年の6月に批判され、謝罪を行っている。今回紹介している記事は、同時期に書かれたものであり、この時期から、彼女は自分自身を当事者として含めたさまざまな差別について、強く意識し、いわゆるゴシップ記事でもより研究的な内容に切り替えたと言われている。このようなかつてのゴシップ記者の改心もまた、この10年で#MeTooやBLMを経て、アメリカのメディアがさまざまな差別に相当意識的になったことを示している。