1993年生まれ。神戸大学人文学研究科博士後期課程に在籍中。専門は観光を美的行為として捉える観光美学。最近は得意な韓国語を活かして韓国メディアコンテンツも研究中。BTSオルペン。共著書=『他者をめぐる人文学──グローバル世界における翻訳・媒介・伝達』(神戸大学出版、2021)など。
YouTubeの普及とともに、K-POPの独自性は確立されてきた。
韓国の大衆文化研究会によれば、YouTubeが「物理的距離、文化的差異がはっきりしているヨーロッパやアメリカでの韓流拡散に重要な役割を果たした」のだという★1。音楽と映像を融合したK-POPコンテンツは、YouTubeを通して、手軽に、しかも世界中に配信されるようになっている。こうした動画配信プラットホームの登場によって、高い歌唱力とダンスを披露するK-POPアイドルが誕生したと言っても過言ではないだろう。近年では、曲やダンスの魅力だけでなく、パフォーマンス性の高い洗練されたMV(ミュージック・ビデオ)も注目されるようになっている★2。
K-POPのYouTube活用は、動画の配信に留まらず、さまざまなコンテンツをもつくりだしてきた。まず、新曲のリリースを予告するMVティザー(teaser)動画が公開され、続いてMVそのもの、さらにその曲をリミックスしたヴァージョンが共有される。BTSの新曲「Butter」(2021)でも、“Sweeter”ヴァージョンと“Cooler”ヴァージョンが同時に公開されたことは記憶に新しい。
そのほかにも、アイドル自身やファンがMVを視聴し、リアクションする動画が人気のコンテンツであり、なかにはMVのリアクションを専門としたYouTuberまで存在する。加えて、アーティストのダンス練習動画が惜しみなく公開されており、MVでは気づくことができなかった振り付けの細かな部分まで発見することが可能となっている。ファンは、アイドルが練習する動画を参考にしながら歌やダンスのカバー動画を撮影しているようだ。
さらに、所属会社の公式チャンネルが、テレビ音楽番組に出演した際の動画をYouTubeで配信する点もかなり特殊だといえる。YouTubeへのアーカイブは、視聴者がいつでも出演動画を見直すことを可能にする一方、どちらかといえば、それ以外の役割を担っているのではないかと考える。
例えば、K-POP独自のYouTubeコンテンツとして、音楽番組に出演したアイドルを集中して撮影した「チッケム(직캠)」動画がある。ひとりにフォーカスして撮影しており、「どのメンバーが最も再生されたか」をチッケムの再生回数によって確認することができる。出演した音楽番組によって再生回数が変動していることから、単純にメンバーの人気順だけでなく、どの衣装や髪型、メイクが「ウケたのか」を確認できる仕組みになっているのだ。
個人(チッケム)ではなく、メンバー全員を撮影した動画の場合は、誰の顔が「サムネイル」に選ばれたのかが話題になる。
以上から、一曲のMVから派生する関連動画の数が計り知れないことをわかっていただけたのではないだろうか。K-POPはまさにYouTubeとともに発展してきた「観る音楽」なのである★3。
ところで、「観る」ことは、つまり「観られる」ことを含意している。リアクション動画やチッケムによる「観られる」ことの可視化は、アイドル自身が作品や自分自身を「より良く魅せたい」という意識にも繋がっている。例えば、MVのなかで、カメラを見つめるアイドルたちのまなざしは、2021年6月21日に本誌「elabo」で配信された記事(「#youth|IZ*ONE(アイズワン)の活動を終えて帰ってきた宮脇咲良さんから考える──K-POPとJ-POPの融合は最強?」)でも言及されている通り、「自分に自信をもつこと」の表れといえる。アイドルのMVリアクション動画を観てほしい。彼らは自分の姿に対しても「かっこいい」と感嘆する。謙遜を美徳とする日本的な感覚とは少し異なるかもしれないが、彼らは「自分自身を褒めること」も大切にしているのである。そこに彼ら/彼女らの魅力を見出すこともできるだろう。
K-POPアイドルたちは、つねに多くのまなざしに晒されながら、いかに「観せるか/魅せるか」を追求している。よって、新曲のリリース時には、音楽のみならず、ダンスや衣装、髪型(髪色)、メイクに至るまで、高い関心が寄せられている。
それでは、ここから、BTSを中心にK-POPアイドルのMVの視覚的な要素について紐解いてみよう。
K-POP MVの最も顕著な特徴は、秒単位で場面が次々に変わるということである。単に、対象を映すカメラの角度が変わるだけでなく、アーティスト一人ひとりの衣装、髪型、ステージまで変化している。また、MV内で着用する衣装は最低でも4~5着ほどパターンがあり、そのまま音楽番組に出演する際の衣装としても使用されている。
2017年にリリースされたBTSの「DNA」MVはジョングクの「顔」のアップから始まる。どの角度からも見てもジョングクと目線が合う演出(モナ・リザ効果)によって、視聴者は一気にMVの世界に引きこまれる。次の場面では、青空のもとメンバー全員が揃うと同時にダンスが始まり、ジョングクの口笛のリズムに合わせながらカメラは接近、後退する。次にカット割りによる「寄り」のシーンと、テヒョンが単独で踊るシーンが追加される。この僅か7秒の間に3度の変化が起こっている。同じ人物と衣装が比較的長めに続くシーンでも、画面全体の色合いを変えるなど(00:46〜00:47間)、細やかな演出を加えることで、観る者を「飽きさせない」工夫を何重にも仕掛けているのである。
また、RMのラップ部分(01:10)では「take it, take it」という歌詞に合わせて、二重のフレームがRMを囲むようにテンポよく登場する。ダンスブレイクシーンでは、音の高低、強弱に合わせ、筋肉を弾くダンス(ヒット)の動きにつられながら、画面そのものを傾け、メンバーの姿をクローズアップしていく。音とダンス、さらにカメラワークとの一体性によって、よりスムーズな流れを実現しているのだ。
このように、幾重にも重ねられた演出であるにもかかわらず、MVの全体が途切れることなく、連続性をもっているのは、緻密な画面構成を手掛ける高い編集力があってこそだろう。MVの撮影現場を記録した動画から、現場では同じシーンを何度も撮影していることが明らかとなっている。K-POP MVは、撮影されたいくつもの映像の中から選別された各場面を、秒単位でバランス良く組み合わせ、完成したものといえる。
ところで、HYBE LABELS(BTSの所属会社)が手掛けるMVには、多くの場合「シネマスコープ(画面の上下に黒帯)」が追加されている。シネマスコープのおかげで、まるで「映画っぽく」演出されたMVとなっているのである。一方、SMエンターテイメントは画面をフルに使ったMVが多く、スマートフォンのスクリーンサイズに合わせて拡大再生した際、余白が生じない構図になっているようだ。
シネマスコープの活用のように「映画っぽい」といった「~っぽさ」は、K-POP MVの特徴であるといえる。MV内で大量の「雰囲気のあるイメージ」をつくりだしているのである。
例えば、メディア理論家のレフ・マノヴィッチは、K-POP MVがもつ特徴について、Instagram的な写真を用いて説明している★4。Instagramの登場は、本来の写真が持ち合わせている「記念」「記録」「報道」といった役割を担わない、「物語らない写真」を意味しているそうだ。つまり、K-POP MVが「物語る」ことを拒否しているというのだ。「朝の光の中でカプチーノを持った手」のような典型的なInstagram写真と同様に、それが何を提示しているのか、記録しているのか、説得しようとしているのか、どんな感情を伝えようとしているのかを語っていないという。ここに、K-POP MVがもつ「~っぽさ」の正体を見出すことができる。
Instagram的なイメージで構成されているMVの一例として、NCT Uの「YESTODAY」(2018)が挙げられる★5。MVでは、NCT Uのテヨンを取り囲むように、何故かビニール袋に入れられた金魚が天井からぶら下がっている。金魚の朱色とライトグリーンの植物の色の組み合わせ、或いは配置されたインテリアを含め、「おしゃれ」で「雰囲気のある」イメージをつくりだしている。Instagramに限らず、写真共有サービスのPinterestでも「おしゃれ」「雰囲気がある」というキーワードで検索できそうな画像といえるかもしれない。
一方、マノヴィッチの定義が当てはまらない「物語る」イメージによって構成されたMVも存在している。例えば、BTSの「피 땀 눈물 (Blood Sweat &Tears)」★6(2016)は、神話をコンセプトにしていることもあって、一つひとつのシーンに意味があり、ファンによる分析と考察が行われている。「血、汗、涙」は、視覚的に強烈な「おしゃれ」で「雰囲気のある」イメージを用いることで、むしろ物語ることを、ひいては視聴者に物語を読み取ることを働きかけている。
しかしながら、K-POP MVの多くは、マノヴィッチが定義したような物語らないイメージの集積といえる。楽曲がリリースされる度、続々とつくりだされる新たな「~っぽさ」「雰囲気のあるイメージ」によって、視聴者は、まるで写真集や画集をめくるようにMVを楽しむことができるのである。
秒単位で変わる場面に伴うアーティスティックなイメージ(物語るものも、そうでないものも)は、どのシーンを切り取っても完成された一枚絵になっている。そうした「観る音楽」としてのK-POP MVは、視聴者である私たちがスマホで「スクリーンショット」することを促す。
「Butter」のティザー動画で発表されたパンケーキの写真や、「Butter」というロゴのデザインも、スクショをして、共有したくなるようなものであった。K-POP MVは、インターネットで音楽を視聴することとは何かを理解し、「観る」に特化したイメージを生み出している。さらに、冒頭で述べたような新しいコンテンツをつくるための「素材」を提供する発信元となっているのである。
K-POPという「観る音楽」は今もなお発展し続けている。技術的な面でも、視覚的な面でもMVはもはや単に「曲を届ける」だけのものではないのかもしれない。
7月に公開されたばかりの、新曲「Permission to Dance」(2021)は、コロナの収束を知らせる(ことができる日が一刻も早く訪れることを願った)ものであった。MVでは「楽しい」「踊る」「平和」を意味する国際手話を取り入れたダンスが披露されている。すべての人に向け発信された、いかにもBTSらしいメッセージは、「観る音楽」が国境だけでなく、あらゆる壁を乗り越えられる可能性をもつことを示唆している。
BTS(방탄소년단)「Permission to Dance」Official MV
参考動画
ARATA DANCE SCHOOL「BTS( 방탄소년단)‘DNA’ダンス解説(dance tutorial)」(2019、最終閲覧日、2021年7月30日)
注
★1──大衆文化研究会『YOUTUBE K★CONTENTS REVOLUTION』(拙訳、BOOK DAGIT、2019)
★2── 「Rolling Stone India」にて2018年6月20に配信されたRiddhi Chakrabortyの記事「The Art of Korean Music Videos: How larger-than-life cinematic gems are wooing fans around the globe, language no bar」(2018年7月20日)などを参照。
★3──金成玟が著書『K-POP新感覚メディア』(岩波新書、2018)で述べたように、K-POPのベースには、MVを放映するアメリカのMTV(ミュージック・テレビジョン)と、日本テレビにて放送されたオーディション番組『スター誕生!』(1971~83)といった日本のアイドル文化が影響しているという点で「観る音楽」だと説明することもできる。
★4──レフ・マノヴィッチ著『インスタグラムと現代視覚文化論──レフ・マノヴィッチのカルチュラル・アナリティクスをめぐって』(久保田晃弘+きりとりめでる共訳、共編、ビー・エヌ・エヌ新社、2018)
★5──マノヴィッチが例に挙げているのは、Red velvet「Dumb Dumb」(2015)とNCTU 「The 7th Sense」(2016)、2NE1 「Gotta Be You」(2014)である。
★6──邦題は「血、汗、涙」。
1993年生まれ。神戸大学人文学研究科博士後期課程に在籍中。専門は観光を美的行為として捉える観光美学。最近は得意な韓国語を活かして韓国メディアコンテンツも研究中。BTSオルペン。共著書=『他者をめぐる人文学──グローバル世界における翻訳・媒介・伝達』(神戸大学出版、2021)など。