1993年生まれ。神戸大学人文学研究科博士後期課程に在籍中。専門は観光を美的行為として捉える観光美学。最近は得意な韓国語を活かして韓国メディアコンテンツも研究中。BTSオルペン。共著書＝『他者をめぐる人文学──グローバル世界における翻訳・媒介・伝達』（神戸大学出版、2021）など。
BTSの「Dynamite」(2020)や「Butter」(2021)がカセットテープでも聞けることをご存知だろうか。
「Dynamite」が70-80年代のディスコミュージック風の「レトロ」をコンセプトにした曲であること、さらに、韓国で「レトロ」ブーム（＝「復古風（복고풍）」）が起きていることが、この磁気テープメディアの復活に大きく影響している。
同じく、K-POPアーティストがカセットテープを発売し、話題を呼んだのはSHINee（シャイニー）の「1 of 1」（2016）だろう。「1of 1」は、曲全体がYouTubeで公開される以前から、「復古風」のコンセプトが話題を呼んでいた。というのも、2010年半ばの韓国では、昔を懐かしむ「復古風」が本格的に流行し始めたころだったからだ。ＭＶの中でSHINeeは、90年代を想起させる衣装を身に着けている。
SHINee 샤이니 '1 of 1' MV／SMTOWN／YouTube
「復古風」の流れを受け継いで、2021年に発売されたBTSのシーズングリーティング★2のコンセプトもどこか懐かしいレトロな雰囲気を醸し出していた。ジミンが頭にスカーフを巻いているのをはじめ、メンバー全員が、襟元が広く開いた柄物のシャツに、原色のベルボトムパンツ、ビビッドなカラーのサングラスを身に纏っている。現地のニュースでは「防弾少年団（BTS）」ならぬ「‘復古’少年団」と紹介されたようだ。
韓国で「復古風」が流行した背景には、ドラマ『応答せよ1997』の放送が大きな影響を及ぼしている。2012年に放送された本作★3は、97年に18歳だった主人公たちの青春時代を題材としたもので、当時の人気アイドルを追いかける主人公（主人公は熱狂的なオッパ部隊。オッパ部隊については「ARMYを纏う──オッパ部隊、パスニ、K-POPファンダムを経て」を参照）の日常生活が描かれている。
左上、台詞訳「18、オッパたちは私の生活の全部だった」
TVINGより
しかし、広く知られている通り、97年の韓国は「アジア通貨危機」が招いたウォンの急落と外資の急激な流出により、経済破綻の危機に見舞われた年でもあった。「朝鮮戦争以来、最大の国難」と称された時期であったことから、大学受験や就職を控えていた当時の学生たちが抱えたであろう将来への不安について容易に想像ができる。ドラマの中の溌剌とした主人公の姿は、2012年に30代、40代を迎えた視聴者が当時夢見ていた青春時代を映し出していたのかもしれない。
このように、80年代後半から90年代初期に加速した国際化、またその後国家の一大産業として進めたIT化など、劇的な変化を遂げた韓国が、2010年代を経て当時を振り返えることは非常に興味深い状況だといえる。
文化や価値観などあらゆるものごとが多様化するなか、過去を振り返ることによって自己（自国らしさ）を見つめ直すという現象が、グローバル化を果たした先進国家としての特権であるとするならば、「復古風」の流行は、人々が「過去を懐かしむ」準備が整ったことを表しているのだ。
こうした「復古風」の人気は現在も続いている。
Netflixオリジナルドラマの『賢い医師生活』★4は、1999年にソウル大学医学部に入学した5人を主人公としたストーリーになっており、現在は、第2シーズンが配信中（2021年6月に配信開始）だ。大学同期であり、バンド仲間でもある彼／彼女らが、日々患者と向き合っていく姿を繊細に描いた医療ドラマになっている。
TVINGより
本作の魅力のひとつは、ドラマの終盤で５人によるバンドの演奏シーンが登場する点であろう。演奏するのは懐かしい曲ばかりで、たとえばシーズン2の第2話では、ユン・ドヒョン（윤도현）の「가을 우체국 앞에서（秋 郵便局の前で）」（1994）が流れた。
この曲は、2018年にBTSのジンがカバーしたことでも有名である。歌詞の内容は、郵便局の前で誰かを待っていたとき、ふと「世界の美しいものたちはどれくらい長く残るだろうか？」と思った瞬間を歌ったものだ。
가을 우체국 앞에서 (cover) By JIN Of BTS by BTS／Soundcloud
ジンのカバー曲が若い世代間で人気を博したように、現在、「復古風」の主役はＺ世代をはじめとしたより若い世代へ移行している。「復古風」が比較的、上の世代を中心に「過去を懐かしむ」ものであったとするならば、若者を中心としたレトロブームは、「レトロ的なものを再解釈する」もの★5といえ、「ニュートロ（Newtro、뉴트로）」と呼ばれている。「ニュートロ」は「New（新しい）Retro（レトロ）」を省略したものであり、主にファッションやデザインに応用されている。
ニュートロを意識した商品のデザインは、単に「古いラベル」を復刻版としてそのまま販売するのではなく、新しいデザインを施したものになっているようだ。「新しく自由に解釈する」ことがニュートロのポイントであり、冒頭で紹介したBTSの例も、レトロな衣装を現代風に解釈し、着こなしているという点で「ニュートロ」な現象ともいえるだろう。
「'곰표 밀맥주' 돌풍, “곰표는 더 이상 밀가루가 아니다”」（「빅터 뉴스」2020年6月10日）より
「ニュートロ」のように古き良きものを再解釈しようという動きは、歴史の範囲を広げ、70年代～90年代より以前の伝統的な韓国文化をも取り込みながら今後も続いていくと予想される。
一例として、K-POPでは、韓国の伝統楽器である鉦（チン）や太鼓（プック）を用いた曲が制作されていたり、韓服を現代風にアレンジした衣装がMVに度々登場するようになっている。
その先駆けといえるBTSの「IDOL」（2018）は、韓国において豊作の祈願や祝いのために演奏される伝統芸能、「農楽」＝「사물놀이（サムルノリ）」、民族芸能の「탈춤（タルチュム）」を取り入れたことで大きな話題となった。「タルチュム」とは「仮面（＝タル）」を被って「踊り（＝チュム）」を披露しながら行う演劇を意味している。
また、歌詞の中で度々登場する「얼쑤（オルス）」という掛け声は、「良い気分だ！」というときに自然と口ずさんでしまう感嘆詩のようなもので、口づたえに物語を伝承する口承文芸の「パンソリ（판소리）」で使われる言葉だ。この他にもBTSの「IDOL」には数々の韓国伝統文化が隠れている★6
BTS (방탄소년단) 'IDOL' Official MV／HYBE LABELS／YouTube
「IDOL」に続いて、Agust Dの「대취타」（2020）、BLACKPINKの「How You Like That」（2020）、さらにStrayKidsの「소리꾼」（2021）のように次々に韓国伝統文化を再解釈した作品がリリースされている。こうした伝統的な韓国文化を新解釈していく動きはまだまだ熱い。
「復古風」から始まった韓国における「レトロ」ブームが、過去を懐かしむことに留まらず、伝統文化と織り交ざり合いながら、さらなる変化を遂げている。「ニュートロ」ブームのように、「自己を見つめ直す」ことによって「新しい自分らしさ」をみつける段階に移行した韓国カルチャーに今後も目が離せない。
★2──「シーズングリーティング」とは、K-POPアーティストを含む芸能人が年末に販売する商品のひとつで、1年を振り返ったDVDやフォトブック、カレンダーなどのグッズセットを購入することができる。ARMYによるBTSのシーズングリーティング開封動画はYouTubeで視聴可能。
★3──本作は、2012年『応答せよ1997』の放送後、『応答せよ1994』（2013）、『応答せよ1988』（2015）とシリーズ化している。
★4── ドラマ『応答せよ』シリーズと同じイ・ウジョン脚本家及び制作陣によるドラマ作品としても有名。
★5──「뉴트로는 레트로와 어떻게 다를까?」（「ニュートロはレトロとどのように異なるのか？」）（https://youtu.be/QBRQn__AdmE）（最終閲覧日2021年９月１日）
★6──詳しくは「BTS『IDOL』MVから感じる韓国」（「Korea.net : The official website of the Republic of Korea」）を参照。
1993年生まれ。神戸大学人文学研究科博士後期課程に在籍中。専門は観光を美的行為として捉える観光美学。最近は得意な韓国語を活かして韓国メディアコンテンツも研究中。BTSオルペン。共著書＝『他者をめぐる人文学──グローバル世界における翻訳・媒介・伝達』（神戸大学出版、2021）など。
