「集合的ブチギレを」:ゲリラ・ガールズ展特別企画、清水晶子氏から学ぶフェミニズム的変革
「文化的テロリスト」と形容されるフェミニズムアーティスト集団「ゲリラ・ガールズ」。国際女性デーに合わせ、セレクトブティック「Sister」が主催し、倉敷芸術科学大学の川上幸之介研究室の協力のもと、「ゲリラ・ガールズ展『F』ワードの再解釈:フェミニズム!」が、渋谷PARCOの一角で開催されている。
#ゲリラガールズ #フェミニズム #アート
culture
2022/03/25
執筆者
國仲杏
(くになか・あん)

2000年、沖縄県生まれ。国際基督教大学4年。専門は平和研究、人類学。小学生の頃から沖縄戦についての平和教育を受けてきた。「継承」について考えるようになり、もっと発展した平和教育を目指して、大学では平和教育を専攻。副専攻は人類学だが、特にアートと平和の関係に興味があり研究テーマにする予定。

「文化的テロリスト」と形容されるフェミニズムアーティスト集団「ゲリラ・ガールズ」。国際女性デーに合わせ、セレクトブティック「Sister」が主催し、倉敷芸術科学大学の川上幸之介研究室の協力のもと、「ゲリラ・ガールズ展『F』ワードの再解釈:フェミニズム!」が、渋谷PARCOの一角で開催された。会期は3月3日から12日、時間は11:00-21:00まで。

 

 

 「Do women have to be naked to get into the Met. Museum?(裸になれなければ女性はメトロポリタン・ミュージアムには入れない?」引く問いかけとともに、ゴリラのマスクを被った裸の女性の姿がフィーチャーされているのはゲリラ・ガールズの代表作品で、渋谷PARCOの1階ポップアップスペースの窓一面を大きく覆っている。展示の外観から印象的だ。

(筆者撮影)

 

 

 本展示のイベント企画として、3月4日(土)にヒューマントランスシネマ渋谷で、マーサ・ロスラーによる《マーサ・ロスラー VOGUEを読む》(1982)(翻訳 浜崎史菜)の上映と、フェミニズム/クィア理論研究者の清水晶子氏(東京大学大学院総合文化研究科教授)による特別公開講座「フェミニズムってなんですか?」が併せて行われた。劇場は満席で、20代を中心とする若い世代の姿が多く見受けられた。

 

 

■作品上映:マーサ・ロスラー VOGUEを読む

 

(提供:川上幸之介)


 

 はじめに《マーサ・ロスラー VOGUEを読む》が上映された。本作品は、川上氏の「ベッドタイム・フォー・デモクラシー展」(会期:2022年9月17日~25日)でも扱われた作品だ。27分に及ぶドキュメンタリー作品を会場中の人が見入っては、メモをとったり首を傾げたり、真剣な表情で鑑賞していた。

 

 マーサ・ロスラーは、アメリカのフェミニスト・アーティストであり、写真、フォト・テキスト、ビデオ、インスタレーション、彫刻、パフォーマンスと幅広いメディアを扱うコンセプチュアル・アーティストである。★2

 上映された彼女の作品は、簡潔に述べると、ロスラーがファッション雑誌『VOGUE』に対する批判的な見解を示したものである。

 

(提供:川上幸之介)

 映像は、8時30分をさす時計と、「It’s 8:30 Do youknow where your brains are? (今は8時半。あなたの脳みそがどこにあるかわかる?)」というメッセージで始まる。そして、椅子に腰掛けたロスラーが雑誌のページをめくっていく様子が映し出され、「What is VOGUE?(ヴォーグとは?)」と問い、それに対して「It is luxury,  it is Louar, mystery, romance… It is fashion…」と様々な名詞、動詞、形容詞を用いた自答を繰り返していく。

 ロスラーは、『VOGUE』のファッション広告に見られる性差別的で、男性優位の視線から見る女性の身体に対する消費主義的なイメージを取り上げる。メディアが上流階級のライフスタイルを理想化し、そのような誇張された富を読者が要求し模倣しようとすることを、本作品を通して浮き彫りにしていく。

(提供:川上幸之介)

 作品は雑誌批判にとどまらず、当雑誌のイメージを生み出す衣料品が、搾取工場(スウェットショップ)で生産されていることも明らかにし、ファッション業界における植民地主義的な動きを示す。これにより、ロスラーは『VOGUE』が打ち出す華やかさと、搾取の実態のコントラストを描いている。この作品は、ファッション雑誌が人々の意識を歪め、社会的な偏見や不平等を助長しているという点について警鐘を鳴らすものである。同時に、衣料品産業が第三世界の労働者を搾取している現実を示し、読者が購入する衣料品ついて考えるきっかけを与えるとともに、消費者が何を「消費」しているのか、商品に付随されたイメージを考えるきっかけも与えてくれる。

 

■特別公開講座:「フェミニズムってなんですか?」

 

 作品上映後の清水氏による特別講義の中で、自身の著書『フェミニズムってなんですか?』(2022)が『VOGUE Japan』で連載した記事をまとめて出版したものであることから、今回のロスラーの作品との掛け合わせは少々皮肉っぽさがあると言及しつつも、作品に対し鋭い指摘をする。それは、作品から、ロスラーを含む中流階級の女性たちの存在が透明化されているということ。雑誌に載る女性たちの像は、富と権力の象徴である。その存在と対比されるスウェットショップの労働者たち。この対照的な層の間に、雑誌の広告に出てくるような、(作品中では、大統領夫人ナンシー・レーガンが着用していた服がスェットショップで作られていたのではないかと示唆されている)服を購入でき、かつ搾取工場では働いていないミドルクラスの白人女性の層が不可視化されていることを清水氏は批判し、作品が刺さる層とそうでない層の存在を明確にする。清水氏は、作品中に透明化された中産階級の人々以外がロスラーの作品を見たと仮定し、搾取工場で労働に当たる人々らは、雑誌の「ファラス(男性中心主義)」のことなどは問題とせず、労働環境の改善を最重要課題としてあげるだろうとし、作品におけるフェミニズムの受け取り手が誰なのかを、聴衆に再考させる。 

(提供:川上幸之介)

 

 清水氏は、ジェニー・リビングストンによるドキュメンタリー作品『パリ、夜は眠らない』(1990)を取り上げ、ブラック、ラテン系、そしてクィアの政治との交わりへと話を発展させる。広告や女性誌による「幸せ」のすり込みである「女性性の神話」を打破する必要があることを確認し、その神話がイデオロギーであると批判できるのは、それが手に届く人たちであると清水氏は指摘する。また同時に、そのイデオロギーから排除されている人々の存在をしっかりと捉え見つめ直す。本イベントで上映された《マーサ・ロスラー VOGUEを読む》で考えると、広告商品などを購入することで『VOGUE』のモデルに近づくことができるミドルクラスの女性たちが前者で、スウェットショップの労働者たちが後者であるといえるだろう。

 

 さらに清水氏は、フェミニストが好きな映画の上位にランクインするという『テルマ&ルイーズ』(1991)の中で、レイプ未遂犯を射殺するシーンが自己防衛のような描写ではないという奇妙さを指摘し、反撃の強さと怒りの感情が爆発する「スナップ」の概念とを重ね合わせる。「スナップ」とは、圧力をかけられた小枝が、その圧力に耐えられなくなり、ついには折れてしまうようなもので、つまりは、社会的な圧力に抑制されてきた人々の堪忍袋の尾が切れる様子のことを表す。この「スナップ」は、一見突然起こることのように捉らえるが、実際にはそうではなく、常に圧力がかかった折れやすく壊れやすい状況が先にあり、最もスナップしやすい立場にいる人は、最も弱い立場に置かれている人であると清水氏は説く。「スナップ」とは、被傷性(Vulnerability)の現れであるのだ。

 

 「フェミニズムが目標としているのは、個人ではなく、社会/文化/制度を変えること」、要するに現状に変革を及ぼすことである。社会の仕組みや圧力に抵抗し衝突する時に、フェミニズムが生まれる。間違いを正すために、「私たちはキレやすくならないといけないし、スナップしやすさを要求されている」と清水氏は云う。ただ、スナップすることは、その人が壊れてしまう可能性も孕んでいる。そうならないためにも、弱い立場に置かれている人が折れて壊れてしまう前に、一緒にスナップできるようにならなければいけない。その「集合的なスナップ」がフェミニズムには必要不可欠だとし、最後に聴衆に向けた一言で講義を締めくくった。「皆さん一緒に集合的ブチギレを」

 

 最後の一言にオーディエンスからは笑いが起こった。公開講義に参加した多くの聴衆が、清水氏の話に頷いたり、積極的にメモを取るなどしており、それぞれが何かを感じ考えていることがひしひしと伝わる雰囲気だった。清水氏による「集合的なスナップ」という概念の提示は、抑圧を打開する一歩が示されたような感覚をくれ、同時に、変革は個人のみではなく集団によって実現されることを再確認させる。本企画に携わった川上氏はイベント後に、清水氏のトークにエンパワーされたという声を多く聞いた★といい、「スナップ」という概念が「わたしたちの怒りの発露を肯定し、自律を呼びかける」★解説した。また、「素晴らしいパフォーマンス・アートを聞いた気分で大変元気付けられた」川上氏自身もエンパワーされたことが伺える。

 

 

 

■「苦情処理部門」

(筆者撮影)

 本ゲリラ・ガールズ展は、「集合的なスナップ」を実践していると言える参加型展示を設けている。展示室には「何か胸騒ぎがする?ゲリラガールズと共謀し、あなたの意見を投稿してください」と「苦情処理部門」★8が設置されている。そこには来場者の声や切実な訴えが書かれたポストイットやポストカードが貼られている。これは、展示室に設置された紙とペンを使えば、誰でも参加することができる展示となっている。この展示が「集合的なスナップ」を可能にしているのには、2つの理由があると筆者は考える。ひとつ目は、自分のスナップを投稿できること。書くという行為によってモヤモヤを言語化できたり、怒りを発散することができるだろう。ふたつ目は、自分以外の多様な人の多様な声に耳を傾けられる、そんな絶好の機会が提供されていること。他人の思いに触れることによって初めて他人のスナップに共感し寄り添うことがができ、「一緒にブチギレる」ことが可能になるのではないだろうか。

(筆者撮影)


 

 本記事は、展示よりもイベントの清水氏による講義内容に焦点を当てた。全貌を紹介できなかったゲリラ・ガールズ展は、展示室のあらゆる壁をふんだんに利用し、アート界のみならず社会全体における不平等に抵抗するものであり、見応えが抜群であることはここに述べておきたい。そして、上述した展示の一部である「苦情処理部門」によって、「集団的なスナップ」を可能にする展示となっている。さらに、ゲリラ・ガールズとSisiterとのコラボ商品の販売のみならず、フェミニズム関連の書籍を販売している。売上の一部はゲリラ・ガールズの活動に寄付されるほか、書籍は図書館へ寄贈されるという。

(著者撮影)

 

主催 : Sister (website: Sister,Instagram: @sister_tokyo)

 

謝辞

《マーサ・ロスラー VOGUEを読む》の翻訳も担当された浜崎史菜氏に、本記事の校閲に携わっていただいた。ご多忙の中時間を割いてくださったことに感謝する。

注.

★1――ゲリラ・ガールズ展「F」ワードの再解釈:フェミニズム!作品集の菅野氏(同志社大学)による翻訳を引用。

★2―― ゲリラ・ガールズ展「F」ワードの再解釈:フェミニズム!のフライヤーから引用。

★3――清水晶子(2022)『フェミニズムってなんですか?』p11

★4――川上氏のツイート(@ko_kawakami)より

★5――同上

★6――同上

★7――ゲリラ・ガールズ展「F」ワードの再解釈:フェミニズム!作品集から引用

★7――同上

参考文献

清水晶子(2022)『フェミニズムってなんですか?」文藝春秋

北原恵(1999)『アート・アクティビズム』インパクト出版会

culture
2022/03/25
執筆者
國仲杏
(くになか・あん)

2000年、沖縄県生まれ。国際基督教大学4年。専門は平和研究、人類学。小学生の頃から沖縄戦についての平和教育を受けてきた。「継承」について考えるようになり、もっと発展した平和教育を目指して、大学では平和教育を専攻。副専攻は人類学だが、特にアートと平和の関係に興味があり研究テーマにする予定。

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