2001年生まれ。国際バカロレア取得後、モナシュ大学に在籍し、政治とメディア学を同時専攻する。日々海外のメディアや大学の授業を通して、日本と海外の視点の違いに注目しながら社会問題を扱う。
筆者は現在オーストラリアに留学しており、Monash大学の労働党クラブで応援・ボランティア活動などをしている。5月に実施された連邦議会総選挙では9年ぶりに労働党が勝利し、政権交代の実現を経験した。実際、国全体として労働党支持は強く、特にミレニアム世代からの支持率が高い。Z世代では、さらに先をゆくグリーン党などの極左政党の支持率が高まっている。いわゆる「ジェネレーション・レフト」という状況が展開している。
若者の左傾化が前提のオーストラリアの大学で、日本の若者の多くが左派を支持していないということを授業で発言すると、非常に驚かれる。2022年7月の参議院選挙でも、日本の若者の投票率は低く、また投票した中では自民党支持が最も多かったことが知られている 。また投票先の3位が、他の世代では維新であるのに対し、10代、20代では国民党であったことからも、現体制を鋭く批判をする従来のリベラルが示した姿勢ではなく、様々な立場と話し合い、融和していこうとする姿勢を、日本の若者が積極的に好んでいることも予想されている。
2000年以降、日本の若者が右傾化しているのではないかという指摘も繰り返しされてきた。そして2010年代も後半になると、根拠が不明瞭な「若者右傾化論」が、かえってその傾向や世代間の分断を強めているという批判もあった。これらの右傾化論やその反論は、ある意味では非常に思想的なもの、イデオロギー的であると言える。
しかし、オーストラリアの左派の若者たちと関わっていて感じるのは、彼らを結束させているのは、理念やイデオロギーというよりも、極めて現実的な政策なのではないかということだ。この記事では、労働党の学生たちのインタビューを交えつつ、とかく意見が対立し、分裂しやすい左派が、オーストラリアにおいてどのように結束し、大きな力になっているのかを報告し、日本の現状を再考するための材料を提供したい。
オーストラリアの政治体制はイギリスと似ていて、二大政党が中心にあり、全体の10%ほどの少数政党が存在している。二大政党のみで構成されているわけではない点がアメリカとは異なる。オーストラリアの特異性として、投票の義務化があり、投票率は毎回9割を超えていることと、多数投票ではなく優先投票で、順位ポイント制を採用していることが挙げられる。現状では、二大政党制度は崩れてきており、ジェネレーション・レフトが強いオーストラリアでは、現在4席を占める極左政党と表現されることもあるグリーン党の支持率が向上しており、次の選挙では10席以上獲得するのではないかと言われている。また、今回の2022年の選挙では、最も多くの無所属の候補者(10名)が当選した。(彼らは、Tealsと呼ばれている。)
モナシュ大学の労働党学生部であるMonash ALPは大学の創立後間もなく結成された。1960年だと言われている。労働党は包括政党であるため、労働党の中でも右派・左派に分かれているが、筆者が所属し、インタビューを行ったのは左派の労働党クラブに所属するメンバーである。インタビューは2022年5月で、同月21日に行われるオーストラリア総選挙のために活動している時期だった。今回はこの記事の文脈に沿って抜粋をするが、インタビューの全文は以下の動画で見ることができる。
彼らに労働党のために選挙活動をする理由について尋ねると、第一に挙げられたのは現政権の高等教育への助成金の削減であった。5月の総選挙前の時期、政府の高等教育への数十億ドルの削減の結果、多くの大学生がコースが打ち切られる危機に直面していた。2年前、自由党政権は人文学系のコースの授業料を倍増させ、STEM系は半減させた。2022年の財政危機では、STEMコースよりも人文学系のコースの方が打ち切られる可能性が高いため、MONASH ALPのメンバーは危機感を募らせている。
「この〔政策の〕せいで友人が大学を移らなければならないのを目の当たりにしてきました」とアラナ・アルソップ(21歳)は言う。彼女は現在、理系と文系の二重学位プログラムに在籍しているが、文系コースの人文地理学が打ち切りにされるかもしれないと懸念している。
同様に、22歳のキャンペーン担当者、エミリー・ハンブルは、自身の生い立ちを通して、労働党を支持する理由を説明する。エミリーはシングルマザー家庭の出身で、4人兄弟の長女である。母親は複数の非正規雇用に頼らざるを得なかったという。
「母は永遠と賃貸住宅に住んでおり、この先、一生家を買うことはできないでしょう。」
パンデミック開始当初、住宅価格は一旦下がったが、2021年に入ると再び上昇に転じた。2021年の25%上昇し、2022年もパンデミック規制が緩和されるため、価格は上がり続けている。
これにより、住宅を購入するために年収の9倍近くが必要となり、オーストラリアは世界で最も家を買えない国になってしまった。こうした状況でエミリーは、安価な住宅、保育、インフレに応じた最低賃金の引き上げなど、労働党が掲げる主なマニフェストを支持している。
「労働党には、実際にこれらの問題を解決し、人々の生活をより良いものにするための政策と情熱と原動力がある。」
ジョシュが労働党の選挙ボランティアに参加するようになったのは、現自由党連立政権に不満を感じたからだそうだ。 「自由党は将来の計画を本当には持っていない。政治に誠実さと信頼を取り戻すために労働党が勝つ必要がある。」 同様に、ヒギンズ選挙区のキャンペーン・マネージャーで、モナシュALPのメンバーでもあるタラ・カンニーン(22)は、現政府の腐敗を心配すべきだと主張する。 「政治に幻滅している。特に今の連立政権の政治体制には、多くの腐敗があると思う」 。彼女の意見では、パンデミック時に、自由党政権が専門家の助言を無視したことで、政府の腐敗がさらに顕著になったという。 「彼らは、政党や仲間に多額の寄付をすることしか考えていない」 タラは、上記の理由から労働党が勝つことを望んでいる。 「労働党が勝てば、私たちは未来を手にすることができるし、私の次の世代も未来を手にすることができる。」
このインタビュー後に実施された5月の総選挙では、労働党の議席は過半数を超え(77/151)、多数派政権が発足した。また、4席獲得したグリーン党は、前回の労働党政権でと協力合意をしていたため、現在の政権では、労働党の政策方針が妨害されることはほぼないと言える。加えて、無所属10席のうち8席は左翼的無所属のため、今回の議会はオーストラリア政治の歴史上最もプログレッシブだと評価されている。
■労働党
■自由党
■オーストラリア国民党
■グリーン党
■無所属
一方上院では労働党と自由党が同席数で、労働党は厳密にいうと多数派政党になれなかったのだが、グリーン党が12席獲得したため、左派政党同士で連携が取れるならば(連立はしていない)、この状況は労働党にとって大きな問題にはならないだろう。
冒頭にも述べたように日本では若い世代ほど右翼傾向にあるが、民主主義国家の欧米諸国では若い世代は基本的に左翼・進歩主義である。この傾向により、右翼政党の自由党は単独で支持を維持できなくなってきており、その対処として極右政党のオーストラリア国民党と連立政権を立てることで政権を守ってきた。だが、今回の選挙では、パンデミックにより実際に生活が苦しくなった人々が労働党の信念である「労働階級に利益となる政策」に価値を見出し、政権交代が実現したのだと推測できる。
オーストラリア労働党の強みは、世界一高い最低賃金(それも、インフレーションに応じて上がっていくという優秀なシステムとなっている)や国民保険など、実際に日々の生活において恩恵を実感できる政策を実行してきたことだ。さらに、歴代首相のなかで圧倒的人気を誇るケビン・ラッドは、2008年のリーマンショックに際して強力なリーダーシップで経済的打撃を最小限にしたことで、「レジェンド」と呼ばれているなど、国全体として労働党に対するベーシックな信頼が厚いように見える。
日本で左翼政党が若者にアピールしない理由は、オーストラリア労働党のように、日々の生活の質を明らかに改善する、わかり易い政策がないことが大きいのではないだろうか。確かに同性婚・男女平等・夫婦別姓といった点では日本の左派政党も一致団結しているように見えるが、それらの政策は、最大でも国民の半数以下の人間にしか響かないという弱さがある。自民党を選択する日本の若者もオーストラリアの若者も、結局現実的であるという点では同じなのかもしれない。自民党政権しか選択肢がないという状況を本当に変えたいのならば、未来に不安を抱える世代の現実主義に堪える政策とその政策での左派政党の一致が何よりも重要なのではないだろうか。
2001年生まれ。国際バカロレア取得後、モナシュ大学に在籍し、政治とメディア学を同時専攻する。日々海外のメディアや大学の授業を通して、日本と海外の視点の違いに注目しながら社会問題を扱う。