自滅する「十月のカニエ」:ユダヤ系知識人はYeの反ユダヤ主義をどのように分析したか
先月Ye(カニエ)が起こした騒動とそれに対する反発の激しさは常軌を逸しており、ある意味で寓話的なレベルだった。
#Ye #HipHop #Conspiracy Theory
culture
2022/11/22
" 執筆者 "
柳澤田実
(やなぎさわ・たみ)

1973年ニューヨーク生まれ。専門は哲学・キリスト教思想。関西学院大学神学部准教授。東京大学21世紀COE研究員、南山大学人文学部准教授を経て、現職。編著書に『ディスポジション──哲学、倫理、生態心理学からアート、建築まで、領域横断的に世界を捉える方法の創出に向けて』(現代企画室、2008)、2017年にThe New School for Social Researchの心理学研究室に留学し、以降Moral Foundation Theoryに基づく質問紙調査を日米で行いながら、宗教などの文化的背景とマインドセットとの関係について、道徳的判断やリスク志向に注目し研究している。

Twitter @tami_yanagisawa

アメリカのトーク番組「Tonight Show」で、Netflixの番組の架空スポンサーを挙げるジョークのなかで、「October Kanye(十月のカニエ)」は「ストレンジャー・シングス」のスポンサーに相応しいというネタが披露されていた。「October Kanye(十月のカニエ)」という言い回しに思わず笑ってしまったが、確かに先月Ye(カニエ)が起こした騒動とそれに対する反発の激しさは常軌を逸しており、ある意味で寓話的なレベルだった。ヘイト誘発的な彼の行き過ぎた発信は閾値を超え、これまでの彼の数々の愚行に際しては起こらなかった企業側、スポンサーの契約破棄が次々に起こった。

■「十月のカニエ」は何をしたのか



「十月のカニエ」の言動については11月4日付のForbesの記事が詳しいので、主にこの記事を参考にして ★1(確認するだけでとても疲れる内容だが)以下に列挙してみよう。

10月3日、パリで行われたYeezyのファッションショーで、Yeは極右の論客、キャンディス・オーウェンズと共に「White Lives Matter」と書かれたシャツを着用した。南部貧困法律センターによれば、このフレーズは「公民権運動「ブラック・ライブズ・マター」に対する人種差別者の反応として発足した同名のネオナチ集団に関連している。

10月4日、LVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)のCEOベルナール・アルノーを批判した後、Yeはインスタグラムでアルノーが「自分の親友を殺した(KILLED MY BEST FRIEND)」だと発信し、昨年癌で亡くなったデザイナー、ヴァージル・アブローを暗示した。その後LVMHのエリート主義や人種差別がアブローの健康に影響したと主張したが、Supremeのクリエイティブ・ディレクター、トレメイン・エモリーから、Yeはアブローの死を利用していると批判された


10月6日、YeがアディダスとのYeezy製品の製造契約について公的に不満を述べたことを受け、アディダスはYeとの長年の関係を見直すと言い、これに対してウエストはインスタグラムに "FUUUUCK ADIDAS I AM ADIDAS ADIDAS RAPED AND STOLE MY DESIGNS "と発信した。

同じく10月6日、極右TVチャンネル・Fox Newsのキャスター、タッカー・カールソンとのインタビューで、Yeは自分のプロライフ(妊娠中絶反対)の考えを示し、「今のところニューヨークでは、生まれるより堕胎される黒人の赤ちゃんの方が多い」と根拠もなく主張した。また、太り過ぎは 「黒人のジェノサイド(大量虐殺)」だと発言し、歌手のLizzoをその犠牲者として例に挙げた。

10月7日、Yeはインスタグラムに、「White Lives Matter」シャツを批判したショーン・"ディディ"・コムズとのメールのやり取りのスクリーンショットを投稿し、このSNSアプリのポリシーに違反したとして制限を受けた。この会話でYeは「私に電話しろと言ったユダヤ人たちに、誰も私を脅したり影響を与えることはできないと示している」と述べており、アメリカ・ユダヤ委員会によれば、この投稿は、ユダヤ人に関する「強欲と支配の象徴」という偏見を喚起するものである。

10月9日、Twitterで、Yeは「ユダヤ人へのdeath con 3」★2を行うと主張した。「death con」という単語は「defcon 」のスペルミスであるか、あるいはそもそも彼自身が「defcon」をそのように誤認していたと考えられている。さらにYeは「黒人は実はユダヤ人でもある」ので、彼がこのように言っても決して反ユダヤ主義的ではないと発言し、彼のアカウントは直ちにロックされた。軍事用語を使った当該のtweetは明らかに攻撃的であり、ADL(アメリカ名誉毀損防止同盟)によっても危険性を指摘されている。



10月10日、他のSNSアカウントがブロックされる中、YeはYouTubeにドキュメンタリーを投稿し、その中にはAdidasの重役にポルノ映画を見せる映像が含まれていた。

10月11日、Viceは、YeがFox Newsでカールソンと行ったインタビューのうち、放送では編集されていた映像を流出させた。その中でYeは、「ユダヤ人」という言葉は「失われた十二部族のユダ族」を指すと発言しており、この信条は通常の意味でのユダヤ人を敵視するブラック・ヘブライ・イスラエライツ運動に由来する

10月15日、ポッドキャスト「Drink Champs」の現在は削除されているエピソードで、Yeはジョージ・フロイドの死因は薬物のフェンタニルであり、元警官のDerek Chauvinが9分間彼の首を圧迫したからではないと虚偽の主張をした。フロイドの家族はこの発言を受けて、Westを告訴する予定であると述べた。また同番組でYeは、元妻が当時の恋人ピート・ダヴィッドソンとのセックスをリアリティ・ショーで話したことに関して、元妻にこのようなことをさせたのはテレビ番組の制作者たちだとして彼らを「ユダヤ人シオニスト」と呼称した

10月17日、保守系ソーシャルメディアプラットフォームParlerがYeによる買収を発表し、Ye自身は 「保守的な意見が物議をかもすとされる世界では、自由に表現する権利を確保しなければならない」と発言した。

同じく10月17日、クリス・クオモとのインタビューで、Yeは「ユダヤ人のアンダーグラウンド・メディア・マフィア」について話し、彼の「death con 3」発言は「黒人ミュージシャンがユダヤ人のレコード会社と契約し、そのユダヤ人のレコード会社が所有権を得る」ことを指しており、これは「現代の奴隷制度」の一形態だと語った

10月19日、右派のトーク番組「Piers Morgan Uncensored」で、Yeは反ユダヤ主義的な発言を後悔していないと述べた後、「私が「death con」発言で傷つけた人々」と 「私が経験したトラウマとは全く関係のない人々の家族」に謝罪した。また、同番組で彼は、イーロン・マスクのアドバイスを受けなかったジョー・バイデン大統領は 「f**king r**arded  」★3だと語り、この言葉を使うことができるのは自分が 「精神衛生上の問題」を抱えているからだと述べた。

10月27日、CNNは、Yeが2018年のアルバムにアドルフ・ヒトラーの名前をつけたがっていたと報じ、かつて彼と親しかった複数の匿名の情報源を引用して、Yeがナチスの指導者に「執着」していたと証言した。

10月31日、Yeは "I gotta get the Jewish business people to make the fair contracts Or die trying.(何がなんでもユダヤ人の経営者たちに公正な契約を結んでもらわなければ) "というテキストの会話のスクリーンショットをInstagramに投稿し、再びアカウントをバンされる。

11月2日、以前Yeと一緒に働いていた6人が「NBCニュース」に、Yeが以前、親ヒトラーや親ナチの発言を何度もしており、2018年には反ユダヤ主義者だと訴えた元社員に和解金を支払ったと証言した(Ye自身は契約書で主張を否定している)。

11月4日、Yeは「反ユダヤ的とは(Nワードのこと)だと思い始めている」とツイートし、最終的にTwitter社はこれを削除した。

■陰謀論に陥ったYe

以上のリストから理解できることは何だろう。あえてYe自身の善悪を問わずに分析するならば、とりあえずYeが強い被害者意識に囚われ、同時に「誰かが社会をコントロールしている」という強い思い込みを抱いていることが窺える。この二要素は繋がっており、要するにYeは、自分をひどい目に遭わせているのは、この社会をコントロールしている何者かだという陰謀論に陥っているのだ。これまでのYeの言動を知る者にとって、「何者かが自分たちを支配し、抑圧している」という発想はお馴染みのものである。かつての彼の多くの告発は、上述のLizzoに関する言及のように、白人社会が構造的に黒人を悲惨な状態に追い込んでいるという白人至上主義を糾弾するものであった。しかしながら、かつての白人至上主義批判自体に理があるとしても、現在のYeは明らかに虚構の支配構造に囚われ、自らをその被害者だとみなしている。「十月のカニエ」が自分を抑圧する支配者として標的にしたのは、以前からの攻撃対象である「自由を抑圧する」リベラル/左派であり、また今回一挙に顕在化した「業界の支配者としての」ユダヤ人だった。

『Atlantic』誌のライターであり、自らのユダヤ系アメリカ人として反ユダヤ主義について多くの記事を執筆してきたヤイール・ローゼンバーグ(Yair Rosenberg)は、この陰謀論者Yeの言動について、それが古代から今日まで継続する反ユダヤ主義の文脈で、どのような意味を持つのか考察している。「Kanye West Destroys Himself」と名付けられたこの過不足のない名文は、そもそも人がなぜ陰謀論にはまり、破滅するかに関する深い考察にもなっている。

ローゼンバーグはYeを「自分の幻想によって破滅させられた最新の反ユダヤ陰謀論者」とみなしている。自分自身で破滅の原因を作っておきながら課題に直面しない人が進んで受け入れるものこそユダヤ陰謀論であり、自分の問題の原因をユダヤ人に押し付けるというのは、古くからの問題回避策なのだとローゼンバーグは述べる。Yeにとって対峙すべき「問題」とは元妻キム・カーダシアンとの破局である。そして、彼を反ユダヤ主義に駆り立てた最も直接的な引き金は、キムがピート・ダヴィドソンとのラヴアフェアをメディアで赤裸々に語ったことだとローゼンバーグは推測している。

欧米社会に常に存在し続ける反ユダヤ主義の中にYeを相対的に位置づけるローゼンバーグの論考は、万事が万事煽情的なYeの発言や彼を巡る感情的なSNS投稿に比して、非常に冷静だ。彼は、右派のみがレイシストで左派は反ユダヤ主義から免罪されているという仕方で単純化しない。ローゼンバーグ曰く「MAGAハット(=トランプのキャンペーンハット)をかぶった陰謀論者」であるYeが数百万人に向けて「death con3」と言ったからTwitter社はそのアカウントをバンしたのであり、ホロコーストを否定し、ユダヤ人への偏見を撒き散らすイランの最高指導者のTwitterアカウントは未だに放置されたままなのである。また、ローゼンバーグは、先述のブラック・ヘブライ・イスラエライツ運動の指導者であるルイス・ファラカンを信奉し、Twitterのアカウントに「I’m with Farrakhan(私はファラカンを支持する)」と明示しているジェイ・エレクトロニカを挙げ、彼のアルバム『A Written Testimony』は、ユダヤ人への蔑称である「Synagogue of Satan(サタンのシナゴーグ)」に言及するトラックが収録されているにもかかわらず、このことを問題にした音楽雑誌はなかったと述べる。ジェイが明らかにユダヤ人差別をしているというこの事実は、批評家たちがこのレコードとそのトラックをその年のベストプレイリストに加えるのを妨げることはなかった。音楽メディア・ピッチフォークは、2021年の音楽祭にエレクトロニカを招待したとローゼンバーグは淡々と指摘する。このように述べながらも、ローゼンバーグが、こうした反ユダヤ主義者たちへの憎悪を煽っているのではないことはその慎重な言葉遣いからわかる。静かな怒りとかすかなユーモアさえ感じさせる彼の筆致は、あくまでも読者の意識を、反ユダヤ主義が認識しにくく、見落とされがちだという事実に向けさせる。

ローゼンバーグによれば「Yeの暴挙に関して斬新に見えることの多くは、実はそうでもない」。ソーシャルメディアやトークショーで盛んに取り上げられ、多くの人の憤怒をかき立てた、ロサンゼルスの高速道路でネオナチが「Kanye is right about the Jews」のサインを掲げている写真についても、ローゼンバーグは「この馬鹿者集団は、何年も前から反ユダヤ主義の横断幕をこの場所に掲げていた」と断言する。ずっと掲げられていた横断幕に突然人々が注目したのは、横断幕にほかでもないYe(カニエ)の名前が書かれていたからなのだ。



この記事の最後に書かれているローゼンバーグの指摘はあまりにも冷静で、それゆえに空恐ろしくさえある。「言い換えるならば、Yeの破滅は、社会が気づきたがらない反ユダヤ主義に瞬間的に注目させたのだ。(中略)Yeは、彼の同類であるドナルド・トランプのように、我々が克服したと思いたがっている根強い偏見の醜い急所を晒すという倒錯した性向を示したのである。(In other words, Ye’s meltdown momentarily focused attention on anti-Semitism that society prefers not to notice. … Much like his kindred spirit, Donald Trump, Ye has demonstrated a perverse propensity for exposing the ugly underbelly of abiding bigotry that we’d like to think we’ve overcome.)」

■陰謀論と結びついた差別の難しさ

改めて確認するならば、反ユダヤ主義(antisemitism)とは、「ユダヤ人が秘密裏に世界を支配している」という世界観であり、陰謀論である。中世ヨーロッパで金融業を営んでいたユダヤ人は商業分野で成功した。このことを受け、社会の変化を良く思わない層が、各時代時代に自分たちにとって好ましくない変化の原因を「影の支配者」とみなされるユダヤ人に押し付けてきたことこそ反ユダヤ主義の内実だ。要するに反ユダヤ主義は単なる偏見や差別ではない。「世界がどう動いているのか」に関する陰謀論であるからこそ、反ユダヤ主義を見分けることはしばしば困難で、また一旦はまった人がそこから脱するのも難しく、それゆえ破壊的であるとローゼンバーグは分析している。


German antisemitic postcard, via Wikimedia Commons



確かに、金融は言うまでもなく、アメリカのTV局の三大ネットワークやジャーナリズム、ハリウッドの主要映画会社など、様々な有名企業がユダヤ系に所有されていることは多い。しかし、このこと自体、中世にキリスト教徒に忌避された金融業をユダヤ人が担い、また近世のアメリカでWASPが就かない新興領域の業種をユダヤ人が担った結果なのである。★4 排斥された結果成功し、成功しているからこそ被差別者としてみなされにくいユダヤ人に関する陰謀論は、それゆえに、善良な人であっても、人権派のリベラルであっても、信じてしまう可能性が高いとローゼンバーグは指摘する。

Yeは、長く見積もってもたった1ヶ月弱反ユダヤ陰謀論を吹聴したことによって、資産を失い、GAP、アディダス、バレンシアガとの協力関係を失い、彼が今後アーティストとして活躍するための機会を大幅に喪失した。それでも今のところ「十一月のカニエ」は特に考えを変えた様子はない。それは頑固であるなどのYeの個人的資質だけによるものではないはずだ。つまり陰謀論は先にも述べたように世界観であり、一度その見方を手に入れると様々なものがその世界観のなかに配置されてしまうために、なかなか抜けることができないのだろう。「それ(反ユダヤ陰謀論)は世界が実際にどのように動いているのかに関する理解を歪めてしまう(It distorts our understanding of how the actual world works)」ため、陰謀論者は孤立し、社会に参加できなくなくなる。そして言うまでもなくこういう陰謀論者が増えていけば民主主義的な社会は機能不全になっていく。実際、もしYeに共感して一連の出来事を見直すと、キムの元恋人のピート・ダヴィドソンもユダヤ系、YeのアカウントがバンされたInstagramを経営するサッカーバーグもユダヤ系だという事実にピンポイントに意識が向かうようになり、私たちはいとも簡単にYeと同じ陰謀論に足を踏み入れてしまうのだ。

加えて非常に厄介なことだが、陰謀論という形の差別をなくすために、制裁は有効ではない。今回のYeの反ユダヤ主義的な言動を人々が受け流さなかったことは、それ自体良いことでもある。しかし、Yeに厳しい制裁が加えられたことで、おそらくYeも含めたユダヤ人以外の人々は、一層「やはりユダヤ人は世界を支配している」と思い込みかねないとローゼンバーグは指摘する。このように反ユダヤ主義者が制裁を受けることは、反ユダヤ主義を強化するために利用されうるのだ。

「ユダヤ人にとっては、これは勝ち目のないシナリオだ。もし彼らが黙っていれば、反ユダヤ主義は衰えることなく続き、もし彼らが声を上げれば、加害者は非ユダヤ社会から罰せられ、反ユダヤ人は肯定されたように感じる。表向きは馬鹿どもの勝ち、裏向きはユダヤ人の負け。これこそ、何世紀にもわたって反ユダヤ主義を永続させてきた残酷なパラドックスなのだ。(For Jews, this is a no-win scenario: If they stay silent, the anti-Semitism continues unabated; if they speak up, and their assailant is penalized by non-Jewish society, anti-Semites feel affirmed. Heads, the bigots win; tails, Jews lose. This is the cruel paradox that has perpetuated anti-Semitism for centuries.)」

■なぜ億万長者まで被害者意識を抱くのか



陰謀論を解体することの絶望的なまでの困難さを確認した上で、発端に戻りたい。「十月のカニエ」はいつも以上に被害者意識を募らせた結果、完全な反ユダヤ陰謀論者になってしまった。この有様を見て、どうしても連想せざるをえない人物、すでにローゼンバーグのみならず様々な論考がYeとの類似性を指摘している人物(https://www.politico.eu/article/kanye-west-donald-trump-love/)がいる。被害者意識に苛まれ、陰謀論を撒き散らし、陰謀論者に支持されてきたが、先日の中間選挙で遂に前途に暗雲が垂れ込め始めたドナルド・トランプだ。私たちはこの似た者集団にピーター・ティールを連ねてもいいしイーロン・マスクを連ねることもできるだろう。彼らに共通するのは、桁違いの金持ちになってもなお、自らがこの世界の被害者であるという、もはやそれ自体陰謀論としか言いようのないフィクショナルな世界観を生き続け、民主主義的な社会を攻撃し続ける点にある。このようなタイプの男性が複数出現し、時代のインフルエンサーとして支持されるという現象を今私たちは目の当たりにしている。

反ユダヤ主義陰謀論の流行は社会・文化の破綻や衰退の兆候だと言われるが、実際日々メディアを賑わせる自称「被害者」たちによる数々の復讐めいた振る舞いに、私たちは社会の疲弊や荒みを感じ取っているはずだ。被害者意識が陰謀論を信じることと強く相関することは、すでに心理学による陰謀論研究で示されている。★5で暫定的に「被害者意識」と呼んだマインドセット、この時代の病理らしきもの実態をより明らかにし、それがなぜ上述のインフルエンサーたちとその支持者に至るまで、多くの人の心に巣食っているのか、さまざまな視点、領域から精査する必要があるだろう 。★6

かつてYeは「アーティストは目の前のものを映す湖」だとゼイン・ローに語った。この自己認識によって彼が様々な暴言や暴挙から免罪されるとは思わない。しかし、今回の一連の出来事においても、Yeが今という時代を映す湖であったことは、良い悪いを別にして、間違いないだろう。

★1――Yeの所業とセレブリティーからの批判について日本語で読めるものとしては、10月28日付けのFRONTROWの記事が詳しい。

★2――デフコン(defcon)とは、《Defense Readiness Condition》防衛準備態勢。 軍隊の作戦・戦闘の準備態勢のレベルを示す数字、または略号。 NATO(ナトー)・米軍・航空自衛隊では1から5までのレベルを設定し、1が最高の準備態勢になる。

★3――知的障害を意味する差別用語。

★4――辻隆太朗『世界の陰謀論を読み解く』 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.849)、講談社、Kindle 版。

★5―― 陰謀論者が被害者意識を持つという特徴を指摘しているのは以下の論文である。https://www.jstor.org/stable/43783763 

★6――この被害者意識から陰謀論に移行する心理は、筆者の研究関心の一つであるキリスト教福音派の白人中産階級の特徴でもある。福音派に近づき、トランプに近づき、反ユダヤ陰謀論に近づくYe(カニエ・ウェスト)は、現代特有に見える様々な文化現象の結節点のような存在になっている。

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2022/11/22
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柳澤田実
(やなぎさわ・たみ)

1973年ニューヨーク生まれ。専門は哲学・キリスト教思想。関西学院大学神学部准教授。東京大学21世紀COE研究員、南山大学人文学部准教授を経て、現職。編著書に『ディスポジション──哲学、倫理、生態心理学からアート、建築まで、領域横断的に世界を捉える方法の創出に向けて』(現代企画室、2008)、2017年にThe New School for Social Researchの心理学研究室に留学し、以降Moral Foundation Theoryに基づく質問紙調査を日米で行いながら、宗教などの文化的背景とマインドセットとの関係について、道徳的判断やリスク志向に注目し研究している。

Twitter @tami_yanagisawa

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